
フィリピンのスービックで開催されたファーイースト28R(以下、FE28R)の国際選手権に、日本の若手セーラーが挑んだ。
出場したのは、昨年新門司マリーナで開催された「ECLエージェンシーカップ2025 新門司マリーナヨットレース」を制した慶應義塾大学/Papillon Sailing Team。
本遠征を支えたのは、次世代セーラーの育成に尽力する藤田武己氏と(ECL Agency)と池田栄宏氏(ピー・アール・エフ Sail On)だ。
現地の洗練された運営や、ワンデザインボートならではの激闘を経験し、若手セーラーたちと現地まで赴いた藤田氏は何を思ったのか。
舵オンラインでは、選手とサポーター両者の視点からのレポートと、現地の写真をお届けします。(舵オンライン編集部)
ワンデザインスポーツボートのファーイースト28R(FE28R)を使用して行われたFE28R Open & National Championship Regatta。日本から参加したPapillon Sailing Teamにとっても大きな経験となったようだ
セーリングの視野を広げた遠征
選手レポート=佐藤帆海 (Papillon Sailing Teamヘルムスマン)
●暫定首位からの後退、世界基準の戦いを経験
3月、フィリピン・スービックで開催されたFE28R Open & National Championship Regattaに参戦した。
本大会への出場は、昨年11月に新門司マリーナで開催されたECL AGENCY CUPで優勝し、同レガッタへの参加枠を獲得したことによるもの。また、本遠征はSail On社およびECL Agency社のフルサポートのもと実現。
本大会は3日間のシリーズであったが、プラクティスレースやウェイトチェックインも含めると約1週間にわたる遠征となった。
初日は、この海域特有のシーブリーズが素直に入り、風向200度付近で安定したコンディション。スタートで優位なポジションを確保し、その流れを維持する形で2レースとも上位でまとめ、シリーズ暫定1位に立つ展開となった。
国内で積み上げてきたトレーニングの成果を、そのまま再現できた一日であったと感じている。
大会に参加したのは、相模湾で活動するレースチーム〈パピヨン〉(K36侍)に所属する若手セーラーたち


レースで使用されたFE28R。ジェネカー仕様のワンデザインキールボート。全長は28フィート、艇体重量1,300kgと軽量でスポーティーなセーリングを味わえるが、700kgのバラストを持つことで比較的扱いやすいという。ワンデザインフリートレース艇として普及が進み、国内では新門司マリーナが導入している
ライトコンディションからスタートした2日目だが、徐々に風が上がる展開に。序盤はリスクを抑えた判断が奏功し、安定した順位を確保できたが、風速が上がるにつれてボートコントロールと連携の精度に差が出始める。
特にダウンウインドでの走らせ方やポジショニングにおいて課題が顕在化し、順位を落とす結果となった。
最終日は風向の振れが大きく、コンディション変化への対応力が試される一日になる。
上位艇同士がスタート直後から競り合う中、その外側から展開を作る場面もあったが、大きな振れ戻しに対して最適な判断ができず、順位を維持することができない。
最終レースでも風のトレンドを捉えきれず、シリーズは総合4位で終了した。結果として優勝には届かなかったが、シリーズを通じてトップを争う艇団の中でレースを進められたことは大きな収穫であった。
同時に、そこで勝ち切るために必要な精度や判断力についても、明確な課題として認識することができた。
今大会には各国からハイレベルなチームが参戦しており、中国チームは470級のナショナルチーム経験者を中心とした構成、優勝したフィリピンのTeam PSAはナショナルチームのコーチ陣に加え、SSLゴールドカップ(国別対抗の世界選手権)の主要メンバーを含んだ完成度の高いチームであった。そうしたチームと同じ土俵で戦えたことは、大きな経験だ。
また、レース中にはプロテストを行う場面、また受ける場面の双方を経験し、レース後にはWorld Sailing International Umpireを中心としたベテランメンバーによる審問にも臨んだ。
英語での主張の組み立てや状況説明、ルール解釈の違いなど、日本国内とは異なる環境でのやり取りは難しくもあり、同時に貴重な経験となった。
競技面以外でも得るものの多い遠征であった。各国のセーラーと同じフィールドで戦い、異なるバックグラウンドを持つ選手たちと交流できたことは非常に刺激的であり、今後のセーリングに対する視野を広げる機会となった。
この経験を次につなげ、より高いレベルで結果を出せるチームへと成長していきたい。


ヘルムスマンを務めた佐藤帆海(ほうみ)。学生時代は慶應義塾大学體育會ヨット部でスナイプ級で活躍。卒業後は相模湾の多くのキールボートレースチームでヘルムスマンとしてチームを優勝に導いている。現在は母校ヨット部の監督を務める
スービック遠征で見えた実戦力
選手レポート=加藤賢人(Papillon Sailing Team 艇長)
●FE28R海外レガッタにおける対応と課題
大会結果は総合4位。優勝を狙える位置にいながら届かなかった悔しさは残るが、それ以上に、日本に持ち帰るべき具体的な学びが多い遠征となった。
今回の遠征で最も大きく試されたのは、レースそのものではなく「トラブルへの対応力」である。
初日終了後、タクティシャンが38度を超える発熱により離脱。深夜に救急搬送という事態となった。限られた時間の中で翌日のレースをどう戦うか、チーム内で即座に判断が求められた。
最終的に下したのは、サポートメンバーをメイン担当へ回す判断だった。ただし、重視したのは大胆な再編ではなく、「既存メンバーの動きを極力変えない」こと。ポジション変更による連携崩壊を防ぎ、チームとしての安定性を維持することを優先した。この判断により、急造の体制でも大きく崩れることなく、残るレースを戦い切ることができた。
もう一つ、海外レガッタ特有の壁として強く感じたのがプロテスト対応である。
今大会では英語による審問を2度経験した。初日は被抗議として、アップウィンド中のバウポール使用に関する指摘を受けたが、ルールに基づいた説明を行い却下。2日目は逆にこちらから抗議を行ったものの、形式要件を満たせず成立しなかった。
この経験から痛感したのは、「正しい主張」と「成立する抗議」は別物であるという点だ。特に海外では、ルールの理解だけでなく、手続きや表現を含めた総合的な対応力が求められる。英語での審問に臆することなく対応できた点は収穫だったが、形式面の理解不足は明確な課題として残った。
競技レベルについても、日本との違いは明確だった。上位チームはボートハンドリングの精度に加え、風や潮流に対する判断の幅が広く、局面ごとの選択肢を複数持っている。マーク回航やタック、ジャイブといった基本動作の完成度はもちろん、一瞬の判断がそのまま順位に直結する緊張感の中でレースが展開されていた。
また、艇体に関しても細かな違いへの対応が求められた。エンジンの配置やハンクス式ジブといった艤装の違いに加え、ボートドロー制により毎日異なる艇に乗る環境では、セッティングの再現性と適応力が重要となる。限られた時間の中で最適化を図るプロセス自体が、実戦力の差として現れていた。
一方で、スービックのセーリング環境は非常に充実していた。海上でのサポート体制、迅速な修理対応、そして何より運営側の熱量の高さは印象的である。少数艇のレガッタであっても多くのスタッフが関わり、レースを支える構造が確立されていた。この環境自体が、選手の成長を後押ししていることは間違いない。
総じて今回の遠征は、「海外で戦うために必要な力」を明確に可視化する機会となった。トラブル対応、ルール運用、コミュニケーション、そして環境適応力。いずれも国内だけでは得難い経験である。
優勝を逃した悔しさは大きい。しかし、この経験を次世代に伝え、より高いレベルへと繋げていくことこそが、今回の遠征の本質的な価値だと考えている。


Papillon Sailing Teamの艇長としてチームを指揮した加藤賢人。慶応義塾大学體育會ヨット部出身。スナイプ級で実業団でも活動したのち、キールボートの世界へ。〈パピヨン〉ではボースンを担当し、多くの若手セーラーを取りまとめている
単なる遠征で終わらせない「成長の場の構築」
サポーターレポート=藤田武己(ECL Agency)
●スービックの洗練された運営と哲学に触れる
今回、私はPapillonに帯同し、レースには乗らずサポートの立場でシリーズ全体を見ていた。期間中はコミッティーボートに乗船し、各チームの走りを俯瞰しながらレースを観察する機会を得た。
まず強く印象に残ったのは、主催のSubic Bay Yacht Clubにおけるレース運営の完成度の高さである。FE28Rのワンデザインレースとして、艇の公平性を担保する仕組みが徹底されていた。
ボートドローは毎朝実施され、一度使用した艇が再び割り当てられることはない。同一艇に2回以上乗ることがないよう設計されており、シリーズを通じて公平性が厳格に維持されていた。
また、参加艇には毎日、レースの合間にランチボックスと冷やしたドリンク類が運営艇から供給され、発生したゴミについてもすべて運営側が回収する体制が整えられていた。
選手がレースに集中できる環境づくりが徹底されていた点は特筆に値する。
さらに、海上での迅速なリペア対応も含め、運営全体が極めて合理的かつ洗練されていた。ホスピタリティとレース運営が高いレベルで両立されていたことは印象的であった。
レース委員長であるTony Lu氏からは、同クラスのレース運営における判断基準や姿勢について直接話を伺った。コンディションに応じた判断の積み重ねが、レースの質を支えていることを実感した。
また、大会スポンサーであるStandard Insurance社の会長Echauz氏とは、コミッティボートでの観戦や日々の夕食を通じて交流させていただいた。
Echauz氏は、ロレックス・チャイナシーレースなどの外洋レースにもオーナースキッパーとして参戦を続けるベテランセーラーであり、このレガッタに対する考え方や、フィリピンにおける若手セーラー育成の方向性について多くの示唆をいただいた。
今回の遠征は、単なるレース参加にとどまらず、選手が成長するための環境とは何かを具体的に学ぶ機会となった。
新門司マリーナでは、FE28Rを活用し、若いセーラーが実戦経験を積み、その先に海外レースへとつながる流れを構築している。
今回スービックで得た知見を、その取り組みに反映させていきたい。


今回の遠征を全面的にバックアップした藤田武己氏(下写真左)。若いときからキールボートレースにのめり込み、コンテッサチームで島回りレースを転戦。今でも現役の外洋セーラーだ。新門司マリーナに6艇のFE28Rを導入した仕掛け人。ヨット界の発展と、若手セーラーと世界への橋渡しを目指し、FE28Rを活用したイベントを実施している
(写真=ECL AGENCY,LTD.)
関連記事を月刊『Kazi』6月号に掲載予定。そちらもぜひ。