フォイリング世代のアメリカズカップのビギナー、またはアンチの皆さんに、絶対、絶対見てほしい動画がある。
それは、第36回アメリカズカップ、挑戦者決定シリーズ・プラダカップ、1月23日に行われたラウンドロビン4日目(RR day4 RR3-R1)、イネオス・チームUK(イギリス)とルナロッサ・プラダ・ピレリ(イタリア)の戦い(レースは2時間15分から)。
もう、ほんとに、ただただこの動画を見てほしい。 このあと、このレースがいかに熱かったかについてダラダラと書きますが、はっきりいって以下に続くこの文章は読む必要はまったくなし。
いますぐ、ガ―っと下段へスクロールして、くだんの動画をクリックしてください。
とにかくRR day4 RR3-R1 を見て、率直に今回のAC75のレースを評価してほしい。 好きな人だけ見てればいいじゃん、という安易なレースではないのです。セーラーの皆さんにこそ、見てほしいのです。
photo by COR 36 / Studio Borlenghi
普通に想像してください。40ktでミートしてこの距離。まじでやばくないですか?
先に宣言したとおり動画に行かず、この文章をきちんと読んでくださっているアナタ。本当にありがとうございます(笑)。感謝。
まずくだんのRR3-R1(ラウンドロビン3回戦、第1レース)の説明に入る前に、聞こえてくるご意見をまとめてみたい。
・フォイリングなんて、あんなものヨットじゃない
・スピードが速いのは分かるけど、レース展開が大味でおもしろくない
・ほとんどワンサイドゲーム。ただのスピードトライアルでしょう?
こんな感じでしょうか。あらためて書き連ねてみて、このご意見の真っ当さに震えてしまう。
このようにお考えのセーラーに、現代のACを好きになってもらうことは可能なのだろか。いや、無理なんじゃない? と。
先に結論を言ってしまうと、この三つの意見は、その通りでもあり、いやまったく違うんです、という二律背反な複雑さをはらんでいる。そういうレースもあったし(確実に)、そうじゃないレースもあったんですよ、ということ。 それがRR3-R1。
決して大味なレース展開ではなく、順位は実に9回ほど入れ替わり、ワンサイドでは決してなく、そして本来のマッチレースの醍醐味がすべて詰まっていた。 リーバウ・タッキングもあったし、スラムダンク・タッキングもあった。ミートの際のフェイク・モードチェンジはバンバンあるし、プロテストも何回もあった。オンザ・ウオータージャッジゆえ、レースは止まらないし、審問もほぼない。
これを信じてもらえるならば、むしろ一般的なキールボート・レガッタより、いや、スキフディンギーのレースよりもエキサイティングな事象が起こりまくっている、ということなのです。
レース前、カニンガムのベースセッティングを下げるイギリス。いきなりセッティングの話ですみません(笑)。カニンガムもアウトホールもあって、ちゃんとトリムしてるんです。未知の宇宙船の話ではなく、あなたが乗っているヨットとおんなじなんです
基本のゲージのかなり下段をベースセッティングにした模様
スタート前のエントリー。一般的なマッチレースと同様に、両サイドからそれぞれエントリー。イタリアがポートタックエントリーで先に入り、有利なスターボードタックエントリーのイギリスが後に入る。フォイリングの持続が必須なのでダイアルアップはしない
スタート! イタリアがリーバウ。展開を支配できる好位置でスタート。
ところでAC75は、アップウインドなのかダウンウインドなのか全然判別できないんだよ! 問題について、こそっと解説。
メインセールの引き込みが変わらないAC75は、まじでどっちで走ってるのか分からない。むしろ下りのほうが引き込んでいる、という話もある では、どうやって現在の走りを見分けるのか……。ちょっとずるいですが、全6レグ、風下スタートなので、つまり奇数レグはアップウインド、偶数レグはダウンウインドなんです。
もし、一緒に見ている友達に「これ、上ってるの? 下ってるの?」なんて聞かれたら、レグ表示をこっそり見て「あ、アップウインドだね……」なんて即答して、通ぶってください(笑)。 慣れてきたら、フォイルから上がるスプレーの具合で遠目に分かるようになるとかならないとか。
話はそれますが、前回大会のワールドシリーズ福岡大会。アルテミスレーシングの観覧艇からレースを見ていた私。同乗していた、ロイック・ペイロンさんから「おい、日本チームがゲインしたな! よかったな!」と突然言われ、その展開がアップウインドなのかどうかも分からなかった私。それが、どっちがゲインしてるかなんて、海面を1秒見ただけじゃ絶対分からない(笑)。伝説のセーラーは違うなあ、という話でした。
スタートから好位置をキープしたイタリア(左)。しかし、思いのほかイギリスの艇速が伸びたため、ここは容赦なく高さモードに変えて、下(シモ)コールとともにプロテスト! イギリスはその一瞬前にタッキング動作に入ったところ。距離は3m(一応いっておきますが全長75ftですからね)。ギリギリのところでイギリスはエスケープして、ノープロテストに
レグ1。スタートと、風下からのラフィング攻撃でさらにゲインしたイタリアは、50mもの先行をまだ足りぬ、と、風上ゲート付近でスラムダンク・タッキングの攻撃に出る。イギリスを完全にブランケットコーンに入れてしまえ! ということだ。しかし、これが余計だった。そのアクションを冷静に対処したイギリスは、するっと左マークを回って、第1ゲートを勝ち取った
目まぐるしく順位が入れ替わり、攻撃につぐ攻撃が続く熱き攻防。第3レグ(奇数なのでアップウインド)のとあるシーン。先行するイタリア(右)にビッグヘッダーが入る。それを見たイギリスチームの艇上は、このヘッダーへの対応がはげしく会話される。アーリータッキングか、シフトに合わせて走り抜けるのか。ね、普通のヨットレースとおんなじことやってますよね
カメラが観客席を映すと……、観客はカメラ目線で笑顔を送る。メジャーリーグやサッカーワールドカップみたい
もう何回目のスイッチだろう。順位が目まぐるしく変わって、もう大変(うれしすぎて)。
風速の5倍以上で走るAC75。8ktの風で40kt出ます。つまり、1kt違いのパフで出る艇速差も5倍の5kt。0.5kt、1ktのパフの差であっても、大きな艇速差が出る、ということだ。なので、パフへの反応も尋常じゃない。クルーは、普通のヨットの数十倍シリアスに、細かく、ミリ単位でコントロールロープをトリムしている、ということです。まじですげえ。
右側のゲート通過データに注目。左の数字はレグ数、右端はゲイン秒数。第1レグはイギリスが2秒先行して回って。第3レグはイタリアが19秒先行、でも第5レグではイギリスが……。熱い!
ラストレグ(ダウンウインド)。先行するイギリスに最後のアタックをかけるイタリア(右)。無理くりベアダウンして、スターボードタックの航路権を行使! いや、無理くりじゃないか。VMG がやばいです
イタリアの最後の攻撃は、残念ながらノープロテスト……。誤差数センチと言われるGPS データによるオンザ・ウオータージャッジの精度はあなどれない
毎レース後に出るデータ。しかし、このレースに限っては、こんなチマチマしたデータを振り返る意味はなし。まじで熱いバトルでした!
©https://www.americascup.com/en/home
公式サイトにあるバーチャルアイは、過去のすべてのレースをCGで再現。速度やVMG、風向風速など詳細なデータが保管される。こういうデータを読み解くのが好きな方にはもう垂涎ものです。実は私もこういうの大好き
RR3 R1は2時間15分ごろから
↓↓↓
■白熱のベストバウト 動画はいかがでしたか?
やばくないですか? もし、ちゃんと動画を見てくださったのなら、もう私から言うことは何もありません。
退屈なんて言葉は皆無だったことでしょう。
興奮のるつぼだったことでしょう。
早く本戦が見たくなったことでしょう。
防衛者エミレーツ・チームニュージーランドに挑むアメリカズカップ本戦は3月6日から。 はるか未来、絶対に語り継がれることになる衝撃の瞬間を、一緒に共有しましょう。
(文=Kazi編集部/中村剛司)
※関連記事は月刊『Kazi』2021年4月号にも掲載予定。
舵オンライン|アメリカズカップ関連記事はコチラ
追伸
実は先の動画の27分ごろに、アメリカンマジックのキャプサイズに関する分析がある。ネイサン・アウタリッジがかなりリアルに語っているので、お時間あればそれもぜひ。やはり、左ゲートの先のパフの濃さはだれが見ても明白。ディーン・バーカーがそれを取りに行くのは当然。しかし、ポール・グッディソンはこのプランに二度反対した……。的なくだりが泣かせます