
世界最高峰のヨットレース「アメリカズカップ(America’s Cup。以下、AC)」で3連続勝利という大偉業を達成したエミレーツ・チームニュージーランド。この快進撃の立役者になった英雄、ピーター・バーリングの離脱が話題になりましたが、ETNZは新たなクルーを補強し、防衛記録の継続を目指します。また、大会のレギュレーションにも大きな変更が加えられました。新たな時代に突入するACの模様を、プロセーラーの西村一広さんに解説いただきます。(編集部)
※本記事は月刊『Kazi』2026年1月号に掲載されたものです。
◆タイトル写真
photo by Suellen Hurling / Live Sail Die|ETNZ新セーリングメンバー、右からジョー・アレー、セブ・メンジース、ジェイク・パイ、ジョシュ・アーミットの4人。新人クルーの選考審査は、これまでのセーリングレースの実績だけでなく、AC75クラスのシミュレーターを使ってのフォイリング技術や感性の優劣も基準にしたと思われる
次回ACでAC75クラスに乗るクルーは5人
前回2024年10月の第37回アメリカズカップ(以下、AC)で2連続防衛を果たし、同一チームとしては史上初となるAC戦3連勝という大記録を打ち立ててから一年、エミレーツ・チームニュージーランド(以下、ETNZ)が第38回AC(2027年、イタリア・ナポリで開催予定)の防衛に向けて、海上トレーニングを再開した。
それと同時にETNZは、ニュージーランド(以下、NZ)の新世代セーラー4人をリクルートして、彼ら若い才能とベテラン5人から成る新生セーリングチームの陣容を公式発表した。
ちなみに、次回第38回ACでは、AC75はクラスルールの変更を受けて、フォイル操作とセール操作のバッテリー電力による油圧駆動が認められる。そのため、これまでグラインダーとかサイクラー(足漕ぎグラインダー)と呼ばれていたクルーのポジションはなくなる。
クルーワークの流れの中で、セーリングそのものにも参加しながらクルーたちが回していたペデスタルが、ロープを引き込むウインチに連結していた時代は、そのグラインディングの優劣がレースの勝ち負けに直結していることが誰の目にも理解できたし、その重労働はビジュアル的にもごく自然にACを闘うヨットのセーリングシーンに溶け込んでいたと思う。
しかしAC75クラスの時代になって、それが足漕ぎになって、油圧駆動系にひたすら油圧を注入する専業サイクラーたちによる専業作業になり(しかもデッキ下での作業)、その様子がレース中に映し出されると、何か痛々しく、彼らに申し訳ないことをさせているような、どうにも拭えない違和感があった。
バッテリー駆動がいいか悪いかの議論は残るだろうが、そのシーンを見なくてよくなったのは助かるなと、個人の意見に過ぎないが、とりあえずはそう思う。
そういうことなので、次回ACでは、AC75クラスに乗るクルーはセーリングに専念する5人だけになる。それに加えてゲスト用のピットはあるが、そこに座るのはあくまでもゲストで、操船に手を出すことはできないし、レース運びに口を出すこともできない。
75ftの空飛ぶレーシングヨットを5人で動かす時代になったのだ。

2024年開催の第37回ACでは、船体もフォイル類も新しい設計の投入が許されたが、2027年開催予定の第38回ACでは、前回出場したチームは既存の船体を使うことが強制され、新しい設計はフォイル類とセールのみが許可される。それらの設計に優れたフォイリング艇セーラーの能力と経験の重要度が増す
photo by Ricardo Pinto / America's Cup

第37回ACでの、スイス艇〈アリンギ〉。両舷後ろ二つのピットの中で、レースを見ることなくひたすらペダルを漕ぐことが重要な仕事だったサイクラーたち。レースヨットの操作を電力に頼ることに強い賛否両論はあるはずだが、第38回ACは人力ではなく電力を選択した。この先の未来でも人力か電力かの議論が続くのだろう
photo by Ian Roman / America's Cup
4人のニューカマー
新しいETNZセーリングチームメンバーとして選考されたのは、まず大型新人として、39歳のジョー・アレー。
第38回ACではクルーは男女混合が条件で、アレーは、オリンピック、世界選手権、ウイメンズAC、SailGPと幅広いキャリアを積み上げてきたNZを代表する女性セーラー。
若い世代にも優れた才能を持つ女性セーラーが多いNZにおいて、ほぼ一つしかなかったであろう女性代表選手の座を勝ち取るための選考レースは激烈を極めたに違いないが、ETNZは新人としては決して若くない彼女の年齢を受け入れてでもアレーを選んだ。
ウイメンズACでは彼女がスキッパーとしてウイメンズチームを率いることになるのだろう。

2025年のウイメンズACでもAC40クラスでスキッパー/ヘルムスマンを務めたジョー・アレー。少女時代だった1995年、NZ初のAC獲得(サンディエゴで開催された第29回AC)の様子をテレビ放映を観て感動し、矢も盾もたまらない想いになってセーリングの道へと足を踏み入れたという
photo by Emirates Team New Zealand
セブ・メンジースとジョシュ・アーミットは、ともに2024年のユースACのクルーだった(メンジーズはヘルムスマン、アーミットはセールトリマー)。
メンジーズは2025年夏の49er級ヨーロッパ選手権で優勝し、2028年ロスオリンピックのキャンペーンも並行して続けるという。アーミットは東京2020のiQフォイル級のNZ代表で元々はウインドサーフィンの選手である。
そして新人4人の中で一番の若者、ジェイク・パイ。ラッセル・クーツ・セーリング・ファンデーションのジュニアプログラムでオープンスキフに乗ってセーリングを始め、地元NZのマンリーで開催された2024年のモス級世界選手権では、幼なじみのマティアス・クーツ(ラッセル・クーツの息子)とマッチレースのような激戦を演じて2位。続く2025年、イタリアのガルダ湖でのモス級世界選手権でも、トム・スリングスビーに続く3位で表彰台に立った。
この大会ではポール・グッディソン、ディラン・フレッチャー、ジャイルズ・スコットといったオリンピック金メダリストでもあるベテランACセーラーたちを寄せ付けなかった、実力急上昇中の20歳である。
この先、近いうちにACの舞台に上がってくるであろうクーツ2世とのコンビで、NZのためにACを戦うことになるのだろうか? あるいはACでも、2人はライバルとして戦うことになるのだろうか?

ジェイク・パイを除くETNZ新人クルー3人は、すでに2024年からAC40クラスでのトレーニングと実戦レースを経験している。AC40ではフォイリングを安定させるフライトコントロール装置は自動制御だが、AC本戦で使用されるAC75のそれはマニュアル操作によらなければならず、操船の難易度はさらに高くなる
photo by AC37 Event Limited
この4人をチームに迎え入れるのは、イタリアのルナロッサに移籍したピーター・バーリングを除く、ネイサン・アウタリッジ、ブレア・テューク、アンディー・マロニーの3人と、バーリングの離脱後に加入したACのベテラン、クリス・ドレイパーの4人。
これにコーチ兼任のサム・ミーチを加えた9人がETNZの新生セーリングチームとなって、第38回ACで3連続防衛を目指す。
2003年のAC防衛戦での惨敗を受けてトップの首をすげ替えて再結成されたETNZは、ワールドセーリングが選出する2025年のチームオブザイヤーに輝いた。ある日本人生物学者の名言「(生命は)変わらないために変わり続ける」を今後も維持できるかが、チームの強い生命力を維持するために重要になってくる
photo by Ricardo Pinto / America's Cup
(文=西村一広)
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西村一広
Kazu Nishimura
小笠原レース優勝。トランスパック外国艇部門優勝。シドニー~ホバート総合3位。ジャパンカップ優勝。マッチレース全日本優勝。J/24全日本マッチレース優勝。110ftトリマランによる太平洋横断スピード記録樹立。第28回、第30回アメリカズカップ挑戦キャンペーン。ポリネシア伝統型セーリングカヌー〈ホクレア〉によるインド洋横断など、多彩なセーリング歴を持つプロセーラー。コンパスコース代表取締役。一般社団法人うみすばる理事長。日本セーリング連盟アメリカズカップ委員会委員。マークセットボットジャパン代表。