月刊『ボート倶楽部』では、「BCゼミナール」と題し、筆者もテーマもさまざまに、よろずの相談に回答・解説する連載を掲載。ボート遊びの疑問や困りごと、フネと海に関する専門知識や法律などなど、多彩な悩みに回答しています。舵オンラインでは、その一部を抜粋してお届け。もし、「この悩み解決して!」というテーマがあれば、boatclub@kazi.co.jpまでメールをください。もしかしたら採用されるかもしれませんよ。
今回のテーマは「ボートで出て海上で荒天になってしまった際に注意すべきこと」です。筆者は、ベテランボーターとして著書や講座でさまざまなノウハウを発信し続ける小川 淳さん。天候急変の際、無事に帰港するためにも必読です。
あまり荒れているように見えませんが、波に向かって走るとバウを跳ね上げられ、走っていられないくらいでした。でもこれが追い波になると、驚くほどスムーズに走れました
海が荒れてしまったら
ボートは自然を相手にするアクティビティーです。いつも晴天ベタ凪の絶好のコンディションというわけにはいきません。多かれ少なかれ、風や波、雨などに悩まされます。なかでもプレジャーボートは波には弱いもの。大型船には漣(さざなみ)のごとく感じられる海況ですら、荒天のうちに入ります。
誰しも好き好んで荒天に巻き込まれたいとは思いません。「荒天に巻き込まれない秘訣は?」と聞かれれば、「荒天が予想されるときは出ない」という答えが一番です。でもせっかくの休み、「なんとかして出港できないかな」と思い悩みますよね。ですから出港の前には必ず天気予報を確認し、どのような海況が予想されるか知っておくことはとても大切です。ぜひ自分のゲレンデではこんな天気のときはどんな風が吹くのか? どのような波が予想されるか? を知っておきましょう。
さて、そうはいっても釣りにクルージングにと出かけて、荒天に巻き込まれてしまったらどうしたらいいでしょうか? 今回は荒れてしまったときの操船方法についてみてみます。
ドライブや船外機のトリムをいっぱいに下げていると、追い波でブローチングしやすくなったり、波の谷間でバウがささりやすくなったりします。荒天時は少し蹴り上げて走りましょう
荒天の定義
大きなうねりは別として、波は風によって生じています。ですからほとんどの場合、風向きと波の進んでくる方向は一緒です。また、同じ風速でも風が吹き渡る吹走距離が長くなるほど、波が高くなる傾向があります。そして、同じ波高でも、波の進む方向によってボートの乗り心地は大きく異なります。
ボートにとって走りやすいか走りにくいかというのは、波高のほかに波長が大きく関係しています。例えば、太平洋の大きなうねりだけのときは波長が長いため、たとえ波高が2メートル以上あったとしても普通に走れることがあります。逆に水深の浅い湾内や岸近くでは、いったん風波が立ったら波長が短いため、たとえ波高は1メートルでも、とてもじゃないけど走っていられない、ということもよくあります。
このように荒天の定義というのは、波の高さや波長、風向きや風速、さらに走る場所によって大きく異なることを理解しておいてください。自分が普段走る海域で、どのような状態になったら自分にとっての荒天なのかということを、よく知っておきましょう。
向い波で走るときは、スピードを落として波の衝撃を和らげてやります。一方、追い波ではブローチングに注意してください。また、横波を受けて走るのは危険です
さまざまな波に注意
①向かい波
艇の安定としては、バウから波を受けるのは最も安定性が高いので安全ですが、場合によっては波当たりがきつく、ドシンドシンと脳天に響き、しんどい思いをします。
また波が高くなってくると、バウを大きく跳ね上げられてしまい危険を感じることも出てきます。そのため大きな波に向かって航行するときは、まず無理せずスピードを落として波の衝撃を小さくし、また波に対して少し角度を付けて走るのがコツです。
この向かい波で、波の谷間に落ちたとき、バウで波をしゃくりあげるようになったらその艇の限界です。一刻も早く近くの港に逃げ込みます。
②追い波
通常は走るのが楽な追い波ですが、一つだけ注意しなくてはならないことがあります。それがブローチングです。これは波の斜面を駆け降りている最中、ステアリングが効かなくなり、ボートが傾きながら横を向いてしまう現象です。その瞬間、次の波をもらって転覆・・・、というのが最悪のパターンです。
これを防ぐには、波に対して角度をつけて受ける、うねりの頂上から滑り降りるときはスロットルを絞ってスピードを落とす、落ちきって昇り始めるときにはスロットルを開けてバウを上げてやるなどの操作をすれば、ある程度は回避することができます。
またドライブやフラップの位置にも注意が必要です。フラップは左右の傾きを直すだけの最低限の使用に留め、できるだけ引っ込めておきます。そしてドライブや船外機のトリムも少し蹴り上げてバウを持ち上げてやります。
なお、ブローチングは特に岸近くの浅場のほうが怖いです。水深が浅くなると波長が短くなり、しかも波頭が巻いてきますから、波の高いときはあまり陸に近づかないほうが賢明でしょう。
沖で荒れると心情的に岸に近づきたくなるのですが、広いところを走りましょう。河川マリーナなどでどうしても岸近くを走らなければならない場合は、あまり荒れないうちに逃げ帰るしか手がないかもしれません。
③横波
波の高いときに横から波を受けながら走るのは避けましょう。海況が悪いとき、横波は常に転覆の危険が伴います。たとえ目的地への針路だからといって横波を受けながらまっすぐ走ってはいけません。少し遠回りになっても針路を右や左にとって、波に対して角度をつけて乗り越えてあげます。
また荒天時は、何よりスピードを落として無理のない速度で走ることが肝心です。強い衝撃を受け続けると、乗員も参ってしまいますし、艇にも大きな負担をかけます。転倒したりぶつけたりして、思わぬケガをしてしまうこともあります。海況に応じて、ほどほどのスピードで走るのを心がけてください。
なお、荒天時はクルーやゲストにむやみと動き回らないように注意しておきます。揺れた拍子に投げ出されたり、場合によっては落水してしまったりするかもしれません。操船するだけで手いっぱいのこうした海況では、余計なトラブルは手に余ります。
大波を乗り越えるときは、スロットルを小まめに調整しましょう。滑り降りるときはスロットルを絞り、落ちきって昇り始めるときにはスロットルを開けてバウを上げてやります
状況をよく見極める
荒天に遭わないためには天気予報も大事ですが、もう一つ観天望気も忘れてはなりません。空や海の状況、風などを見て感じて、その地域における気象の状況を判断します。天気予報はあくまでも予報。波風の影響を受けやすいプレジャーボートでは、ほんのわずかな状況の違いで大いにその行動が左右されることがあります。そのため常に天候の変化に敏感になり、迅速に対応する必要があるのです。場合によってはそのときの判断で目的地などを変更する勇気も持ちましょう。
もし出先で荒天に遭ったら、無理にホームポートヘ引き返そうとせずに、その時点で一番近い漁港やマリーナに逃げ込みましょう。もしマリーナや漁港に停泊中だったら、無理に出港せず、そのまま待機しているという判断もありです。もし港から遠く離れた洋上で気象が急変し、時化に遭ってしまったのであれば、これは頑張って走るしかありませんが、ここまで述べたような点に留意して航行してください。何よりも荒れた海では無理をしないのが鉄則です。無理せず安全第一に対処しましょう。
遠くの空を見上げて、大きな雲の壁が迫ってきたら天候急変のサインです。窓やハッチを閉め、揺れで物が倒れないようにしましょう。キャプテンは心の準備をすることもお忘れなく
(文=小川 淳 まとめ&写真=BoatCLUB編集部)
※本記事は『BoatCLUB』2019年11月号から抜粋したものです。バックナンバーや電子版、最新刊も、ぜひご覧ください。
小川 淳(おがわ・あつし)
町工場で生まれ育ち、小学生の頃から旋盤を回していたこともあり、大学では工業化学を専攻。バッテリーや海水の電気分解(いわゆる電蝕)などについて研究していた。現在は、精密機器メーカーでソフトウェア開発に携わっている。1987年にボートオーナーとなり、それ以降、数多くのボートを乗り継いできた。現在は、愛艇〈TRITON Ⅴ〉(ヤマハSF-38)を所有、東京湾や相模湾を中心にクルージングなどを楽しんでいる
小川 淳さんの著書『ボーティングマスター』は、中古艇も含むボートの選び方やナビゲーション、ボートコントロール、アンカリングテクニック、エンジンやプロペラの仕組み、電装系、トラブルシューティングなどの解説がぎゅっと詰まったボーター必見の一冊となっている。その総ページ数は271ページと読み応えは十分。詳細はコチラから