今年の4月9日に大阪を出航し、念願の太平洋横断航海を成功させ、アメリカ・サンディエゴに到着した辛坊治郎さん(65歳)。なんと復路も単独無寄港の航海を成功させ、8月24日に大阪に帰還した。
挑戦の準備段階から辛坊さんを取材してきた記者が、前代未聞の太平洋往復航海を、数回に分けて振り返る。
■2012年に動き出した時計
辛坊さんにとって今回の太平洋横断は2回目の挑戦。1回目の挑戦は2013年で、失敗している。まずはその挑戦の顛末に触れておこう。
きっかけは『Kazi』誌2012年1月号の記事。
それは、28ftのクルージング艇、ブリストルチャネルカッター28〈エオラス〉を紹介した記事だった。
この船は、お笑いタレントの間 寛平さんが2008年から2011年にかけて成功させた、ランニングとセーリングだけで地球を一周するという冒険「アースマラソン」で使われた艇だった。ヨットでの航程には、間さんの元マネージャーで〈エオラス〉のオーナー、比企啓之さんが同乗した。
そんな有名艇を紹介した記事の最後には、「大洋クルーズに出る夢を持っている人に〈エオラス〉を貸し出したい」という比企さんの意向が紹介されていた。
申し出に対する反応は、思いがけない人物からあった。アメリカ・サンディエゴ在住の全盲のセーラー、岩本光弘さん(以下、ヒロさん)からだった。16歳で視力を失ってからセーリングに出合い、その魅力にのめり込んでいたヒロさんは、音声で『Kazi』を“聞いて”いた。
ヒロさんは、あの有名な〈エオラス〉が借りられるという話に心を躍らせ、比企さんと連絡を取る。目的は太平洋横断だった。
全盲のセーラーからのオファーがあるとは想像もしていなかった比企さんが、断るべきかどうか悩んでいると、ヒロさんは思いがけないことを口にする。
「二人乗りならでどうですか。『Kazi』で連載をしている、辛坊さんという人はどうだろう」
当時『Kazi』に1ページコラムを連載していた辛坊さんのプロフィール欄には、「いつかは太平洋横断を目指すヨットマン」とあり、そのことをヒロさんは“聞いて”知っていたのだ。
2013年に岩本光弘さんとの二人乗りで太平洋横断を目指して出航。この6日後に艇体を放棄せざるをえない大惨事に遭う
photo by Ken Ando
■クジラに衝突して漂流
その唐突ともいえるオファーを、なんと辛坊さんは承諾する。
ヨットでの太平洋横断を数十年来の夢として心の中に持ちながらも、当時、週6日の生放送テレビ番組に出演していた辛坊さんには、その実現に向けて準備すらできる状況ではなかった。
それを実現する方法として、この太平洋横断を読売テレビのドキュメンタリー番組にするという条件で、3カ月の休みへの道筋をつけたのだ。
ヒロさんと辛坊さんの夢はテレビ局らによるプロジェクトになり、2013年6月15日に出航する。しかしわずか6日後の6月21日。大荒れの海況下で〈エオラス〉はクジラと衝突。船底の亀裂から浸水し、辛坊さんとヒロさんはライフラフト(救命用いかだ)に乗り移って漂流した後、海上自衛隊に救助される。
ライフラフトに乗り移る際に、衛星携帯電話と国際VHF無線機を持ち出すことができたため、海上自衛隊の救難飛行艇によって二人は無事に救助される。〈エオラス〉は太平洋の底に沈んだ。海難審判では、「船長責任なし。不可抗力」をいう裁決が下ったが、スケジュール的に無理があったかもしれない。
2019年に発行された辛坊さんの著書『自己責任~わずか1週間~』(KADOKAWA 刊)。沈みゆくフネからの手に汗握る脱出劇が克明に記されている。
■失敗直後に決めていた再挑戦
漂流するライフラフトの中で、辛坊さんとヒロさんの気持ちは、すでに再挑戦へと向かっていた。
「二人で漂流中に、『次はいつ行こうか』と話していました。それを話すことが、生きる希望になっていたところがありますね」(辛坊さん)
辛坊さんは再挑戦に向けて、その失敗から3カ月もたたない2013年9月に中古のクルージング艇、ハルベルグ・ラッシー39を手に入れる。これが、8年後の2021年に太平洋横断を成功させることになる相棒〈カオリンV〉だ。(つづく)
太平洋横断再挑戦のために2013年に手に入れた愛艇〈カオリンV〉(ハルベルグラッシー39)。艇名は奥様の名前に由来
photo by Jun Nakajima
(文=Kazi編集部/中島 淳)
※辛坊さんの航海についての詳しい記事は、毎月5日発売の月刊『Kazi』2021年5~10月号に掲載しています。ご興味のある方は、全国書店またはこちらからお求めいただけます。
辛坊治郎さんの太平洋横断チャレンジを応援しよう!
古野電気の特設ウェブサイト
https://www.furuno.com/special/jp/shinbo-challenge/
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