「ヴァンデ・グローブ2020-2021」仕上げの1週間は、まさに手に汗握る展開となった。
勝ったのは……。
■手負いの5艇
「高槻和宏のヴァンデ・グローブ実況」先週の記事、『仕上げの1週間』の時点(1/21 21:00 UTC)でのポジションはこちら↓。
この9艇から、以下の5艇が抜け出して最後の1週間となった。
〈APIVIA〉 シャルリー・ダラン (36歳/男性/フランス)
〈BUREAU VALLEE 2〉 ルイ・バートン(35歳/男性/フランス)
〈SEAEXPLORER〉 ボリス・ハーマン(39歳/男性/ドイツ)
〈LinkedOut〉 トマ・ルイヤン(39歳/男性/フランス)
〈Maître CoQ IV〉 ヤニック・ベスタベン(47歳/男性/フランス)
各艇のコンディションについては、こちら↓から。
https://www.kazi-online.com/articles/vendeeglobe_33
ただし、〈Maître CoQ IV〉については、上の記事を書いた後で、その前からトラブルがあったことが発覚。
詳しくは↓こちらから。
https://www.kazi-online.com/articles/vendeeglobe_36
■ダウンウインド戦略
赤道通過のあたりでは、この後の北大西洋北上レグ(最終第5幕)は、1本コースのドラッグレースになるのではないかという見立てだった。しかし実際は、 "ダウンウインド" になった。
上図は1/25 21:00 UTCのもの。始点は24時間前の位置
ヘディング(船首方位)が目的地に向く "リーチング" ではない。目的地はさらに風下にあり、風下への接近速度(VMG)が最も高くなる最適アングルを求めて、ジャイビングを繰り返しながらジグザグに進む。ジャイビング・アングルもほぼ90度と、風上へ向かう "アップウインド" と同様に、コース選択に大きな幅ができる。そこでは戦略的な駆け引きが重要になる。
おまけに、この5艇、それぞれ設計も違えば2カ月以上走って艇のコンディションも100%とはいえない。つまり、得手不得手あり。
と、手負いの獅子たちは、最後の決戦の地、ビスケー湾を目指し左右に大きく広がった。
〈Maître CoQ IV〉と〈LinkedOut〉は大きく西へ出る。
東は〈APIVIA〉と〈BUREAU VALLEE 2〉。そのすぐ後ろを〈SEAEXPLORER〉が追う。
■救済タイム
さらに勝負を複雑にしているのが、救済タイムだ。
昨年の11月30日に南アフリカ沖でケビン・エスコフィエの〈PRB〉が遭難した際、その捜索に費やした時間に対する救済で、〈Maître CoQ IV〉は10時間15分、〈SEAEXPLORER〉は6時間を、所要時間からマイナスするというものだ。
10時間ということは、18ノットで走って180マイルと重い。今の戦線──横一線で、この数字は "救済を受けていない" 3艇に "重く" のしかかってくるわけで。
「なんかずるい」という気がするかもしれないが、〈Maître CoQ IV〉の場合、 "吠える40度" を東航していた遭難時は40マイルも南におり、大会本部から救助の要請が来た時点では、遭難地点を通り過ぎてもいた。つまり、捜索に加わった4艇の中では、現場まで行くだけでも一番大変だったはずだ。
遭難艇が真っ二つに折れ曲がるような強風荒波の中、ダウンウインドのレースモードから引き返して遭難現場に向かい、それもIMOCA60に1人乗りで、日付が変わるまで休みなしの捜索だ。
無事に救助が終わったのでレースに復帰していいですよと言われても、そこから休みなくレースモードになるわけで。
その間、変わらぬレースモードで走り続けた他の3艇との差が、10時間15分で足りるのかというくらい。
ジュリー(審判)からしても、やっと第3幕に入ったばかりというレース序盤のあの時点だからこそ、エイヤと決められた救済タイムともいえるだろう。
ジャン・ルカム〈YES WE CAM!〉(右)に救助された、ケビン・エスコフィエ〈PRB〉。この遭難と捜索、救助にかかった救済タイムが、レースの行方を大きく左右することに
photo by Kevin Escoffier / PRB
■ビスケー湾は北口? 南口?
レース最終盤のこの大接戦の中で大きな救済タイムを持つ〈Maître CoQ IV〉と〈SEAEXPLORER〉は、先行艇の後ろにぴったりとくっついて行けば、そのまま逆転優勝となる。救済タイムを持たない他の3艇とは基本戦術が異なるはずだ。
なのに、自ら離れて最も西へ出た〈Maître CoQ IV〉。この戦術は、筆者からすると謎ではあるが。そのまま北からビスケー湾に入る戦略をとる。
1/26 21:00 UTCの図
公式動画での気象アナリストによるこの時点での解析は、「ビスケー湾の入り口は北」とされており、西寄りコースをとっていた〈BUREAU VALLEE 2〉も、ここからビスケー湾北口を目指している。
筆者は南口もアリとみていたが、〈APIVIA〉がそちらに。それも極端に。疲れが溜まっているであろうところで、果敢にジャイビングを繰り返し、ビスケー湾南岸を攻める。
6時間の救済タイムを持つ〈SEAEXPLORER〉は、〈APIVIA〉を追うように南口へ。〈APIVIA〉がトップとみて、救済タイムによる逆転勝利の戦術か。
この時点で、南の〈APIVIA〉と北の〈BUREAU VALLEE 2〉、どちらが先にフィニッシュするか。追走する〈SEAEXPLORER〉と〈Maître CoQ IV〉は、救済タイムに見合うタイム差でフィニッシュできるか。
勝利の行方はさっぱり分からない状況となった。
■〈APIVIA〉、ファーストホーム
1月27日 19:35:47(UTC)/(1/28 04:35 JST)。
南から攻めた〈APIVIA〉が、北口コースをとった〈BUREAU VALLEE 2〉を交わして見事にファーストホーム。
普通ならここで「優勝おめでとう」となるところだが、今回は救済タイムがあるのでそうもいかない。
ファーストホームは、シャルリー・ダラン〈APIVIA〉
photo by Vincent Curutchet / Alea
〈APIVIA〉フィニッシュ時の後続艇のポジションはこちら↓。
南西の風は湾奥で西へベンドしており、北海面をスターボードタックで走る〈BUREAU VALLEE 2〉は、最後には落としきれずにジャイブしている。
この後、4時間10分遅れで2着フィニッシュ。
〈SEAEXPLORER〉は、救済タイム的にはキワドイところ。グレーが〈SEAEXPLORER〉だが、黄色の〈APIVIA〉の航跡と比べ、湾に入って最初のポートタックレグでの角度が悪い。南西の風がより西にベンドしきるまで延ばして、北へ向かうべきだったのかもしれない。〈APIVIA〉のように。
湾の北側ほど南西の風が残っており、〈Maître CoQ IV〉は20ノットのリーチングで飛ばしている。このままフィニッシュ地点まで届きそうで、10時間の救済タイムをもって逆転勝利の公算が高い。
……という状況でトップでフィニッシュした〈APIVIA〉だが、待ち受ける主催者側としては、花火を上げての出迎え/お祝いは必要で。しかし、〈Maître CoQ IV〉の逆転優勝用に花火は残しておかなければならないし。いやいや、まだまだ後続艇には何が起きるかわからない。とはいえ、結局優勝だったとなっても、いつ〈APIVIA〉を祝えばいいのか。そもそも着順勝負なので、ファーストホーム賞というものは設定されていないし。
……と主催者側でも困っただろう。
2着でフィニッシュしたルイ・バートン〈BUREAU VALLEE 2〉
photo by Jean-Louis Carli / Alea
■〈Maître CoQ IV〉、逆転勝利
そんな〈APIVIA〉フィニッシュの直後。19:50(UTC)頃、後続の〈SEAEXPLORER〉が漁船と衝突する。フィニッシュまで100マイルを切った、まさにフィニッシュ直前の話だ。
ビスケー湾に入ってから他の船舶も多く見かけていたようで、レーダーからアラームが鳴るようにしていたが、どうやら衝突したのはAISを付けていない漁船のようだ。
マストを支えているアウトリガーが当たるも、これは運良くすり抜けマストは無事。浸水もないが、スターボード側のフォイルやバウスプリットにダメージを受け、ジェネカーも破れたもよう。
レースは続行するも艇速は半分以下に落ちており、6時間の救済タイムを加味した優勝は絶望的になる。
フィニッシュ直前でのまさかの衝突。手負いとなった〈SEAEXPLORER〉
photo by Yvan Zedda / Alea
救済タイムを持つもう1艇、実際にケビン・エスコフィエを救助したジャン・ルカム(61歳/男性/フランス)の〈YES WE CAM!〉には16時間15分の救済タイムが与えられているが、平均33ノット以上で走らなければ逆転できない位置におり、これはまあ、優勝は無理。
となると、残るは北から飛ばす〈Maître CoQ IV〉だ。
ビスケー湾北側の海面では、南西の風が吹き続けている。徐々に西にベンドしてはいるようだが、それを見越したかのような、より北へ出すコース取りで、フィニッシュに向けてガンガン飛ばす。
そして、日付が変わった1月28日 03:19:49 UTC(1/28 12:19:49 JST)。ヤニック・ベスタベンの〈Maître CoQ IV〉がフィニッシュ。〈APIVIA〉から遅れること7時間43分59秒と、救済タイムで逆転し、「第9回 ヴァンデ・グローブ 2020-2021」の優勝を決めた。
昨年11月8日のスタートから、80日3時間44分46秒(救済タイム加味後)。大波乱の大会を制した。
ヴァンデ・グローブ2020-2021を制したのは、ヤニック・ベスタベン〈Maître CoQ IV〉
photo by Jean-Louis Carli / Alea / Maitre Coq
〈PRB〉のケビン・エスコフィエ(左)との再会
photo by Jean-Louis Carli / Alea
photo by Bernard Le Bars / Alea
以上、事後にまとめるとあっさりしているが、その日その日で悩んでいるはずで、そのあたりは筆者のウェブサイト「ヴァンデグローブ2020実況」で日々アップデートしてきたのでそちらもご覧いただきたい。
https://worry-journal.com/tag/vg2020update/
公式のランキングはこちら↓から。
https://www.vendeeglobe.org/en/ranking
2度目の挑戦にして初完走/初優勝のヤニック・ベスタベンについては、このあと記事がいろいろ出るだろうから、それを踏まえて、また別の機会にご紹介しよう。
「ヴァンデ・グローブ 2020-2021」はまだ終わっていない。
33艇がスタートし、8艇がリタイア。残る25艇中、この原稿を書いている時点で8艇がフィニッシュ。残る17艇はレ・サーブル・ドロンヌを目指してレース中だ。
白石康次郎も、順位を上げつつ鋭意北上中。
公式トラッキング・マップはこちら↓。
https://www.vendeeglobe.org/en/tracking-map
この連載もまだ続く。
(文=高槻和宏)
※「舵オンライン」では、毎週金曜日に「高槻和宏のヴァンデ・グローブ実況」をお届けしています。
●Vendée Globe公式サイト
https://www.vendeeglobe.org/en
●レースのトラッキングサイト(現在位置)
https://www.vendeeglobe.org/en/tracking-map
高槻和宏(たかつき・かずひろ)
1955年生まれ。神奈川県在住。ヨット、ボート、カヌーなど、ジャンルを問わず海を遊ぶマリンジャーナリスト。月刊『Kazi』の人気筆者として、長年さまざまな記事を手がける。『虎の巻』シリーズ、『ヨット百科』など、ヨットに関する著作多数。