幻の航路、北西航路走破を目指す英国の砕氷帆船〈インテグリティ〉。その冒険を追う短期集中連載。2回目は、艇の建造に迫る。(編集部)
◆タイトルカット
photo by Will Stirling | 1880年代(イギリス・ビクトリア朝)のジェントルマンズ・カッターをベースに、ウィル・スターリングがアレンジを加えて設計し、伝統工法を用いて建造した〈インテグリティ〉
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【短期集中連載】北西航路の歴史/北西航路を走破した43フィート木造ヨット〈インテグリティ〉の大航海(1)
〈Integrity〉
●デッキ長:43フィート
●水線長:37フィート
●喫水:7.6フィート
●メインセール:675平方フィート
Transit of the North West Passage(北西航路横断)
〈インテグリティ〉の建造
ヨットのデザインは多様だ。ボートが好みの問題であることは言うをまたないが、1880年代のステムがストレートに立ったカッターはとりわけ優美に感じられる。
デザインとは妥協である。今回の〈インテグリティ〉設計上の制約は、エキサイティングな帆走を楽しめて、耐航性に優れた美しい船であること。また、快適な居住性を備え、経験豊富なセーラーならば2人で帆走可能であること、高緯度帯を航行する際に強靱で大柄な遠征クルーを収容できるよう十分な大きさと広さを確保すること、長い年月を乗り続けられ、世界中を(極端な場合を考慮に入れて、砕氷能力も少々持たせたい)航海して回れる仕様で建造すること、であった。
船体は抵抗であり、リグはパワーの源である。船体はリグが生み出すパワーの運動変換器である。したがって、船体のバランスは性能にとって非常に重要となる。適切に設計されたリグとバランスのとれた船体は、ヘルムスマンに反応に優れた気持ちの良い感覚を与えてくれる。
〈インテグリティ〉は好天時には2,000平方フィートに達するとても大きなセール面積を展開できる。しかし、彼女は許容範囲の狭い尖ったレーシングカッターではない。レースもできるクルージングヨットだ。船体は適度な幅と、しっかりとした張りのあるビルジ(firmbilge)によって、十分なフォームスタビリティーを確保しているので、それ自体で(バラストとはまったく別に)リグのパワーに見合うことができる。
ハルの各セクションはクリーンな形状を後方まで維持して、エレガントなスターンに集結させている。また、その断面形状は水切り性能とランニングでの浮力を考えて、V字形の傾向でまとめてある。
またバウセクションは適度に細身で凌波性が良く、しかも前部の予備浮力には不足はない。またフォアフットも十分に残して、ヒーブツーをする場合に求められる水のつかみを向上させた。バウスプリットとトップマストを収納するほどの荒天時には、4ポイントリーフ(縮帆)したメインセールと、ストームジブを展開して嵐を持ちこたえる。天候が悪化した時に、自分の船はどのような中でも快適さと安全を維持できるという自信を持つことは重要だ。
〈インテグリティ〉のラインズ。37フィートの水線長に対して、675平方フィートのメインセールをはじめ、全てのセールを展開すると2,000平方フィートという広大なセールエリアをほこる
ウィル・スターリングが経営する造船所スターリング&サンでは、木造船の修理、クラシックボートのレストア、19世紀の美しい船をベースにした新造を主に手がけている
この船は2011年、私たちが経営する英デボン州・プリマスの小さな造船所、No.1スリップに土台を据えて、建造した。材は良く乾燥させたイングリッシュ・オーク、銅とブロンズ、その下には大量の鉛。工事は18カ月で完了し、2012年に私の母、エリザベス・バーロウによって進水式が執り行われた。ちなみに、1798年、私たちの先祖のエリザベス・バーロウは、地中海でイギリス海軍のネルソン提督の旗艦となった80門砲艦をこの同じ造船所から進水させている。
我々は造船所から近い場所で季節を問わず5年間、進水させた船に乗ってテストを続けた。おかげで改良が進み、操船のほうもいろいろと学ぶことができた。多くのことが変更され、洗練されていった。
(次回に続く)
英国海軍の主要基地があるデボン州プリマスのロイヤル・ウィリアム・ヤード海軍工廠跡地にあるウィル・スターリングの造船所、スターリング&サンのNo.1スリップ
〈インテグリティ〉は1880年代に用いられていた工法を使って建造された。フレームやキールはよく寝かせたオークから切り出した
進水を間近に控えた〈インテグリティ〉。長いオーバーハングを持つスターンから前方に続く優美な曲線が目に麗しい
船体外板はカーベルプランキング(Carvel Planking)と呼ばれる方法で張られている。外板の材はラーチ(Larch)
ウィル・スターリング氏のHP
Stirling and Son
(文・写真=ウィル・スターリング 翻訳=矢部洋一)
text & photos by Will Stirling, translation by Yoichi Yabe
※関連記事は月刊『Kazi』2024年8月号に掲載。バックナンバーおよび電子版をぜひ