初めてアメリカズカップを現場で観て以来約30年、その間、ニッポンチャレンジのセーリングチームに選抜されるなどしながら、日本のアメリカズカップ挑戦の意義を考察し続けるプロセーラー西村一広氏による、アメリカズカップ考を不定期連載で掲載する。新時代のアメリカズカップ情報を、できるだけ正確に、技術的側面も踏まえて、分かりやすく解説していただく。本稿は月刊『Kazi』9月号に掲載された内容を再集録するものだ。(編集部)
(※メインカット写真=photo by Emirates Team New Zealand|建造中のAC40のハル)
再来年2024年の10月に、スペインのバルセロナで開幕する第37回アメリカズカップ(以下、AC)シリーズの制式艇は、第36回ACの後にクラスルールが改定された、第二世代のAC75クラスになる。
防衛チームのエミレーツ・チームニュージーランド(以下、ETNZ)を含め、第36回ACに参加した4チームは、プロトコルによって、彼らが所有する第一世代のAC75でセーリングすることを今年9月まで禁止されている。第36回ACに参加していない新規挑戦者であるスイスのアリンギレッドブル・レーシングはその例外で、彼らがETNZから購入した第一世代のAC75〈テ・アイヘ〉で、6月以降の20日間だけセーリングしていいことになっている。
次回第37回ACでは、どのチームもAC75を1隻のみしか進水させることを許されていない。その代わりに、そのオンリーワンのAC75の開発テストのために、防衛チームと各挑戦チームともに、防衛チームがサプライするAC40クラスを用いることが許されている。AC40クラスはワンデザインクラスとして建造されるが、船体を除く、フォイルやフォイルアームなどのコンポーネントは、特定の制限の下に自由なモディファイが認められている。
量産に入る前の、AC40クラスの0号艇が、9月にもニュージーランドで進水する。AC40クラス0号艇の船体は、オーストラリアのコンポジットボートビルダー、マコナギーボートの中国工場で、マコナギーの技術者の指導のもとに現地作業員によって造られている。フォイルアームやそれを動かすメカトロニクス関係、マストを含めたリグなどの重要なコンポーネントはニュージーランド国内で製作することにしているETNZだが、その船体の出来具合に不安は持っていないという。そうはいっても本音のところでは不安を持ってもいるようで、9月からのテストセーリングは、ワンデザインクラスとして量産に入る前に問題点を徹底的に洗い出すための重要なテストであるだけに、時間をかけて行うとしている。
マコナギーボート中国工場で建造中のAC40クラスの0号艇。今月中には完成してニュージーランドのオークランドに送られ、そこでETNZによって入念にテストを繰り返した後、量産体制に入る
photo by Emirates Team New Zealand
フォイルアームや、そのカンティング・システムのメカトロニクスの製作は、ETNZのボートビルディングチームが担当し、中国に送る
photo by Emirates Team New Zealand
船体長:11.8m/最大幅:3.38m/最大喫水:3.50m/想定排水量:2,000kg。乗員は4人で、左右舷に2人ずつ分かれて乗る。フライトコントロールは、オートパイロットが担当。力仕事もバッテリー駆動なので、グラインダーは不要
photo by Emirates Team New Zealand
第37回ACの付帯イベントになる、ウイメンズACとユースACについての詳細が発表された。
ユースACは、第34回ACから始まったイベントで、次世代セーラーのACへの登竜門的イベントとして位置付けられたが、その狙い通りにと言うべきか、その初回優勝スキッパーになったNZのピーター・バーリングは、翌第35回ACに初めて参加、しかもそのAC本戦で、いきなり優勝スキッパーになって華々しいデビューを飾った。
第36回ACでは、ユースACのためにAC9Fというモノハルフォイリング艇が準備された。ACに参加しているヨットクラブ以外にも、各国のヨットクラブに広くエントリーを呼びかけたこともあって、世界13カ国から19ものヨットクラブがエントリーし、開催の1年前からニュージーランドに乗り込んでキャンペーンを展開するスケジュールを組むチームも複数あったほどだ。
ところが、そこに今回の新型コロナ禍が勃発、海外からのほとんどの渡航者を国に入れない政策で国民と国の産業を守ろうとしたNZは、一般の外国人にとって突然の鎖国状態となった。
AC本戦参加のセーラーと関係者だけは、特例措置が適用されて入国が認められ、AC本戦は厳しい感染防止策の中でなんとか開催できたものの、ユースACに特例は許可されることなく、この回のユースACは中止になってしまった。
バルセロナで開催される次回第37回ACでは、これまでのユースACに加えて、ウイメンズACが企画されている。この二つのイベントには、中止になってしまった前回同様、ACに参加しているヨットクラブ以外の、プライベートチームが世界中からエントリーすることができる。
この二つのイベントには、AC40ワンデザインクラスが使われる。ACチームは、それぞれのAC75クラスの開発に使ったAC40クラスをワンデザインモードに戻して、それぞれのクラブのユースメンバーとウイメンズメンバーがそれらのAC40クラスに乗ることになる。
ちなみに、NZの女子トップセーラーたちのチームが、ETF26というフォイリングカタマランによる世界サーキットにすでに参加していて、2024年秋のバルセロナでのウイメンズACに向けたキャンペーンを始めたそうである。
ウイメンズACもユースACとともに、AC参加チームの他に、ACに参加していない国からの一般エントリーも相当 数受け入れられる
(文=西村一広)
※本記事は月刊『Kazi』2022年9月号(8/5発売)に掲載されたものです。バックナンバーおよび電子版をぜひ
西村一広Kazu Nishimura
小笠原レース優勝。トランスパック外国艇部門優勝。シドニー~ホバート総合3位。ジャパンカップ優勝。マッチレース全日本優勝。J/24全日本マッチレース優勝。110ftトリマランによる太平洋横断スピード記録樹立。第28回、第30回アメリカズカップ挑戦キャンペーン。ポリネシア伝統型セーリングカヌー〈ホクレア〉によるインド洋横断など、多彩なセーリング歴を持つプロセーラー。コンパスコース代表取締役。一般社団法人うみすばる理事長。日本セーリング連盟アメリカズカップ委員会委員。マークセットボットジャパン代表。
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