
イタリア発祥の高級ファッションブランド、プラダ(PRADA)グループ会長のパトリツィオ・ベルテッリが率いる「ルナロッサ」が、次回第38回アメリカズカップ(以下、AC)への参戦を表明した。
次回ACの開催地が母国であるイタリア・ナポリになったことに加え、世界的な名手ピーター・バーリングが加入し、現時点でひときわ大きな存在感を放っているルナロッサ。
「現代ACの隠れた主役」とも評されるこのチームの活動の模様を、プロセーラー西村一広さんに解説していただいた。(編集部)
※本記事は月刊『Kazi』2025年9月号に掲載されたものです。
◆タイトル写真
photo by Luna Rossa|ファッションデザイナー、ミウッチャ・プラダの伴侶でありプラダ・グループ会長のパトリツィオ・ベルテッリ(写真中央)。2000年の第30回大会に初めてACに挑戦し、以降一度だけ大会運営方針に抗議して挑戦を撤回した以外全ての大会に出場し、AC挑戦を続ける
今回ベルテッリの挑戦はナポリから
高級ファッションブランド、プラダ・グループ会長のパトリツィオ・ベルテッリが率いるセーリングチーム「ルナロッサ」は、2027年にイタリアのナポリで開催予定の第38回ACに、イタリアボート&セーリングクラブという名のヨットクラブの代表チームとして、7度目のAC挑戦に臨むことを正式発表した。
イタリアボート&セーリングクラブは19世紀の1889年にナポリで創立された、ナポリで最も古く、国際的にもかなり名の通ったヨットクラブ。
そもそも次回AC争奪戦のナポリ開催構想は、このヨットクラブからの挑戦ありきでベ ルテッリ主導の元に進められ、それに防衛チームであるエミレーツ・チームニュージーランド(以下、ETNZ)のCEOグラント・ドールトンがうまく乗っかった、ということなのかも知れない。
もしそうであれば、ピーター・バーリングのETNZ離脱、そしてファンの反応の熱を少し冷ましてからのバーリングのルナロッサ入団も、その大きな流れの中のシナリオの一 つなのかも知れない、という連想も働く。
そもそもACの内側は、いや、近代オリンピックやプロスポーツ界全体も、魑魅魍魎(ちみもうりょう)の世界ではあるので、あり得る話のように思えてくる。

AC挑戦チーム、ルナロッサのCEOマックス・シレナ(右)と、次回ACにルナロッサを送り出す挑戦ヨットクラブになるイタリアボート&セーリングクラブ(在ナポリ市)会長のアゴスティーノ・ランダッツォ(左)
photo by Luna Rossa

新しく入団したピーター・バーリング(右)をチームメンバーに紹介するマックス・シレナ。超大物の移籍の割には、かなーり地味な感じの入団式だけど、それが逆に、お互いの深い信頼関係を暗示しているようにも見えなくもない
photo by Luna Rossa
レッドブル・セーリングアカデミー
イタリアの海岸線最北部の街モンファルコーネに、元ルナロッサチームのスキッパーで昨年AC選手からの引退を発表したオーストラリア人セーラーのジミー・スピットヒルが深く関わる、次世代のトップ・フォイリングセーラーを育成するトレーニングセンターがオープンした。その名は、レッドブル・セーリングアカデミー。
モンファルコーネには、スピットヒルが代表を務めるSailGPイタリアチームの本拠地マリーナ・モンファルコーネがあり、レッドブル・セーリングアカデミーも、その施設とのコラボレーションでプログラムを展開する。
当然、未来のACやSailGPで活躍する選手の育成をメインの目標にしているのだろうが、このアカデミーでは、フォイリングヨットだけでなくカイトボード、カイトサーフィンのトップ選手育成プログラムも同時進行で進めるという。
注目すべきは、このセーリングアカデミーはイタリア人だけでなく、すべての国籍の若い才能に門戸を開いているという点である。

アドリア海の最北端トリエステ湾にあるマリーナ・モンファルコーネ。SailGPイタリアチームのベースでもあるこのマリーナ内に、レッドブル・セーリングアカデミーが開校した。才能が認められれば、外国人も入校できるという
photo by Tomislav Moze / Red Bull Content Pool

SailGPイタリアチームの運営だけでなく、レッドブル・セーリングアカデミーにも関わっていくというジミー・スピットヒル(左)と、マリーナ・モンファルコーネCEOのハンス・ペーター・シュタイナッハ(右)
photo by Tomislav Moze / Red Bull Content Pool
AC復帰を目指すカナダ
かつて何度もACに挑戦していたカナダは、前回の第37回ACで同時開催されたユースACとウイメンズACにエントリーして、37年ぶりにACシーンへの復帰を果たした。ACそのものへの挑戦復活はまだかなわないものの、カナダは次回第38回ACでも、ユースACとウイメンズACにエントリーするための準備を進めている。
ユースとウイメンズにチームを送り出すのはAC40カナダ・レーシング・アソシエーション。その後ろ盾になるのは、ロイヤル・バンクーバーヨットクラブ。
前回のバルセロナでの成績不振の原因を反省し、2027年に向けて早期にチームメンバー選出とトレーニングを進め、表彰台を目指すという。
フランスも挑戦に意欲的
前回に続いて、フランスのKチャレンジも、第38回ACに向けて意欲的に準備を進めている。開催地が2大会連続して国境を接する隣国になったことでスポンサー集めに有利になったという要因も、フランスの連続挑戦実現にプラスに作用しているようだ。
スポンサーとの交渉の細部を進めて契約を交わす上で、次回大会の実施についての詳細を定めたプロトコルの内容が重要になってくる。しかし防衛チームのETNZがすでに発表しているプロトコルの叩き台(ドラフト)に、挑戦者代表の英国ロイヤル・ヨットスコードロンとその代表チームであるアテナ・レーシングが未だサインをしておらず、正式な次回ACのプロトコル(議定書)として発効していない。
それなので、Kチャレンジはアテナ・レーシング代表のベン・エインズリーに向けて、早くそのドラフトにサインするよう促すコメントを発表したのだが、エインズリーは、それに対しても無言のままでいる。
エインズリーは大丈夫だろうか?
気がつけば前回に続いて今回も、エインズリーを心配する締めくくりになってしまった。

次回AC挑戦に向け準備を始めたフランスのKチャレンジ。前回大会では防衛チームからAC75のデザインを購入して自国で建造した艇(写真)で挑戦したが、次回大会は自国デザイン・自国建造のAC75クラス艇での挑戦を目指す
photo by MartinKeruzore-OERT
(文=西村一広)

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西村一広
Kazu Nishimura
小笠原レース優勝。トランスパック外国艇部門優勝。シドニー~ホバート総合3位。ジャパンカップ優勝。マッチレース全日本優勝。J/24全日本マッチレース優勝。110ftトリマランによる太平洋横断スピード記録樹立。第28回、第30回アメリカズカップ挑戦キャンペーン。ポリネシア伝統型セーリングカヌー〈ホクレア〉によるインド洋横断など、多彩なセーリング歴を持つプロセーラー。コンパスコース代表取締役。一般社団法人うみすばる理事長。日本セーリング連盟アメリカズカップ委員会委員。マークセットボットジャパン代表。