3月25日、メキシコ・プエルトバジャルタから日本に向けて、1隻のヨットが太平洋横断航海をスタートした。全長41フィート(約12.5m)のアルミ製カタマランヨット〈Sirius II〉に乗るのは、33歳のイギリス人セーラー、クレイグ・ウッド(Craig Wood)さんだ。
(タイトル写真|photo by GD Media)
たった一人で太平洋に針路を向けたクレイグさんは、10代後半にして三肢切断という事故に遭い、隻腕(=片腕)かつ両足も義足というハンディキャップを背負っている。
隻腕のセーラーというと、90年代に単独で太平洋と大西洋を横断した米子昭男さん(植村冒険賞受賞者の紹介ページを参照)の名前を思い出すが、クレイグさんの場合は左腕に加え両足まで失っている。もちろん、そんなセーラーによるヨットでの無寄港太平洋横断航海(しかもシングルハンドで)など、過去に例がない。
現在、クレイグさんは太平洋の上を航海中だが、クレイグさんの奥さんと関係者に連絡を取ることができた。ここでは公式サイトに掲載されたプロフィールから、彼の歩みを紹介したい。
イギリス・ドンカスター出身のクレイグさん(写真後列中央)は、イギリス陸軍の銃撃兵として基礎訓練を受け、18歳の誕生日を迎えた直後にアフガニスタンに赴任したという。そして、彼の人生が永遠に変わることになったのは、それからわずか3カ月後のことだった。
「定期的なパトロールの途中で、飲み物を買いに立ち寄ろうとしたときのことです。数メートル歩いたときに白い閃光が見えて、何か非常によくないことが起きたことを感じました」(クレイグさん)
IED(即席爆発装置)の爆発で両足と左手を喪失。左右の肺がつぶれ、顔は破片でボロボロになった。生命の危険が迫る中で14日間の昏睡状態に陥っただけでなく、数え切れないほどの手術を受けた。再び歩けるようになるまで8カ月を要し、壮絶なリハビリには何年もの時間が流れていった。
左腕と両足の三肢を失ったクレイグさんは、やがて故郷へと戻った。ともすれば生きる目標や意味すら失ってしまいそうな中で、父親からすすめられて体験したセーリングに目覚めてしまったのだという。セーリングはあまりにもつらい現実を忘れさせてくれ、それは自由を感じることのできる時間となり、やがて彼の目的となった。
「セーリングは、何だって可能なんだと気づかせてくれた」とクレイグさんは言う。
それから15年が経ち、クレイグさんは妻のレナータさん(上写真左)と2人の子どもたちと一緒に、カタマランヨット〈Sirius II〉で暮らしている。2016年のパラリンピックを目指してトレーニングに励んでいたが、その後、パタゴニアやホーン岬を含む世界各地をセーリングするという真の情熱を追い求めるようになった。
彼は自分のボートを常に開かれたものとしてとらえており、さまざまなビジターが自分のヨットに乗ることを受け入れた。スイス人の旅行者だったレナータさんと出会ったのも〈Sirius II〉の上だった。
クレイグさんは、今の自分の使命は、他の人々にインスピレーションを与えることだと考えている。
photo by GD media
クレイグさんは、困難を克服することには慣れているのだという。
アフガニスタンで人生を変えてしまうほどのケガを負った後、彼はセーリングを通じて新たな目的を見出した。そして今、彼はこれまでで最大の挑戦である太平洋横断航海に挑んでいる。挑戦はまだ始まったばかりではあるが、自分自身の経験をどのように人助けに役立てることができるかについて、すでに確信を持っている。
この航海が終わった後、クレイグさんはカウンセラーの資格を取得し、トラウマを抱えた退役軍人を専門にサポートするつもりなのだという。
手足を失うという肉体的な衝撃であれ、PTSDという目に見えない重荷であれ、多くの人にとって戦争による兵役の傷跡は深いものだと彼は考えている。実際、彼は退役軍人を〈Sirius II〉に招待し、セラピーとしてのセーリングを行ったりもしているのだ。
海に出ることで得られる目的意識と解放感を自らが体験したクレイグさんは、それを他の人々と分かち合うことに情熱を注いでいる。退役軍人にセーリングを教え、彼らが経験を通して自信と回復力を取り戻していく姿を見ることに、大きなやりがいを見出しているのだ。
photo by GD media
さて、クレイグさんの公式ページや公式Instagram、公式Facebookページを見る限り、航海は順調に滑り出したようだ。4月4日(日本時間)現在で、9日間で900マイルほどを走り終えている。
ハワイの南を通過して日本へと向かう計画だが、船の修理や荒天避難のためにどうしても必要な場合に限り、ハワイに一時寄港するかもしれないとのこと。このルートを完走するための最大の難関は天候だと考えているそうだ。
「この航海を行うために、自分のヨットを大きく改造しました。単に手すりや電動ウインチといった装備を追加するといったことだけでなく、例えばギャレー(キッチン)を自分の背丈でも使いやすい高さになるように造り直したことなども含まれます。ギリギリまでボートの準備をし、すべての物資を準備しました。これは大きな挑戦でありリスクも大きいので、万全の準備をするための努力を惜しみませんでした」(クレイグさん)
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日本までの航海にかかる日数は80日と想定。食料や水は100日分積み込んでいるのだという。
花が咲こうと咲くまいと、生きてることが花なんだ──不可能なことなどないと、あらためて気づかせてくれるクレイグさんのチャレンジ。日本の海で彼に会える日を楽しみにしつつ、順調な航海を心から祈っている。
(文=安藤 健/舵社 写真提供=Craig Wood Sails|text by Ken Ando (KAZI), photos by Craig Wood Sails)
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(4/10 11:45 追記訂正/彼の妻からの情報によれば、日本での目的地として大阪を目指しているとのこと)