2021年9月4日、東京2020が終了し最初に開かれた日本セーリング連盟(JSAF)の理事会。 その席で、理事の互選により、JSAF副会長の馬場益弘氏が前任のJSAF会長である河野博文氏に代わり、JSAF新会長に指名された。関西出身の会長、そして、初の現役ヨットレーサーである会長が誕生した瞬間だ。
舵オンラインでは、120分におよぶロングインタビューの機会を得た。ここにその全文を掲載する。
馬場益弘(ばんば・ますひろ) 氏
プロフィール
1952年12月8日生(68歳)、京都府出身、京都市在住。株式会社不二家商事 代表取締役社長。国際ロータリー第2650地区2021-2022年度ガバナーも務める。全日本外洋ヨット選手権大会(ジャパンカップ)総合優勝4回、 NYYCインビテーショナルカップ5位、7位、京都府スポーツ賞・京都市スポーツ賞受賞と、数々の記録を残すヨットレーサー。2021年9月4日、JSAF会長に就任。
1年延びた就任
――就任、おめでとうございます。
「ありがとうございます。会長就任のお話は、河野前会長から希望をいただいていました。率直な感想として、私でいいのかな? という思いはありました。私はクルーザー系の人間ですし、JSAFの活動といえばオリンピック、国体、インカレ、インハイといったディンギー系の取り組みが多くありますから。しかし、これからのセーリング界を考え、謹んでお受けさせていただきました。
実は生前、山崎達光さん(JSAF第2代会長)から、『あなた、会長やれば?』と言われたことはありました。深く言われたわけではありませんが。私は特に、クルーザーだ、ディンギーだといった垣根はセーリングにないですよねという意見を申し上げてきたので、河野さんとしても後任を預けることに対して、安心な相手だったかもしれません。バランスが取れているだろうということでしょう。河野前会長は私の憧れの人です。JSAFのために素晴らしい功績を残されました。しっかりと引き継いで参りたいと思います。
本来は、2020 年の9月に就任予定だったのだと思います。それがコロナ禍で東京2020が延期され、今年となりました。河野前会長はこれまで、選手の強化と、国内で国際大会を開く方向性をきめられていましたので、オリンピックが終わるまで河野会長のかじ取りで邁進しました。
今回のオリンピックは、選手あるいは各国の大会役員から、レベルの高い大会であったとお褒めの言葉がありました。女子470級は2大会続けて入賞、男子の7位入賞も評価できる結果だったと思います。
河野会長体制のなかで遂行した東京2020ですが、実は私は河野さんの残りの任期、来年の6月末までを引き継いでいる状態なんです。今後、理事会で理事選挙がありますし、もう一度洗礼を受けることになります(笑)」
JSAFのエンブレムを施したブレザー姿で、新西宮ヨットハーバーに立つ馬場氏。サマーガール・スコードロンのベースハーバーである
新体制が掲げる目標
――馬場さんの目標を教えてください。
「大きく分けて二つ。まず、オリンピックや海外レースに勝つことを目標に挙げています。サマーガール・チームで培ってきた部分もありますし、ヨットレース、勝負の世界というものは、強い人が勝つのではなく、勝った人が強いという世界です。オリンピックでメダルを取ることでセーリングへの注目度を上げ、すそ野を広げる。話題性があるセーリングチームを作るべきです。
具体的には情報収集を第一に考えています。セーリング競技を培っている人たち、もちろん舵社さんもそうですが、フォトグラファー、セールメーカー、ビルダー、選手、そういう人たちからトップレベルの情報をお聞きしたいなと思っています。あらゆる垣根をとって、お話を聞いていきたい、そういう方向にもっていきたい。なかなか時間がかかる部分はあります。
いままでは、成績を求める姿勢が突出していたかもしれません。しかし、例えば吉田 愛/吉岡美帆ペアがそうであったように、ユース、あるいはジュニアからの指導が重要だと思います。ユースの強化をすることによって、21~23歳くらいで1回目のオリンピックに出場し、トップアスリートの世界に入り、次の段階としてそれに見合ったコーチの指導を受けて、次はメダリストとして挑戦していく。私はユースの強化が特に大事だと思っています。
外国人コーチについては、最終的にそのトップ選手がメダルに近づくのであれば必要だと思います。しかし、コーチ同士で意見が割れて、選手の両手を両方から引っ張っても問題ですから。役割分担などもしっかり見極めていきたいなと思っています。この話はとても難しい。私が今一番心掛けていることは、コミュニケーションをとること。選手、コーチ陣と会話することからはじめていきます。サマーガール・チームと同じで、いきなりは何でも無理。段階をふんでいかないと。飲み食いしながらの話し合いも、必要かもしれません(笑)」
全国のヨットクラブを回って、 全国のセーラーの声を聞きたいと思います
「もう一つは、生涯セーリングとしてのヨットを位置付けていきたいと考えています。特に大学生が学連ヨット部をあがったあと、仕事が忙しくてヨットに戻らないという現状がありますよね。そこをしっかり注目して、いったんヨットに乗ったらもう離さないぞというね(笑)。逃げていきたくなるような、離れたくなるような世界にはしていきたくない。私も12月で69歳ですが、現役で海に遊んでいただいております。日本は島国ですから、海っていう環境はもうずっとひっついて回ってるんで、セーリングを一生続けてほしいですね。
これからは時間がとれたら、全国のヨットハーバー、ヨットクラブに出向こうと思っているんです。ヨットクラブの会長さんであるとか理事さん、コーチ陣と連絡をとって、JSAFとしてどういう要望がありどうしたらいいか、コミュニケーションをとっていきたい。〈サマーガール〉を回航して、どんどん全国のレースに出て行くつもりです。
先日、島精機カップに出場しましたが13時にレースが終わり、16時くらいまで残って皆さんとお話をしました。セーラーであるとか、県連の会長さんとか、スポンサーであられる島精機の島社長さんと。少しずつですけど、一歩ずつ、JSAFのほうから皆さんのコミュニティーに飛び込んでいくように、決して上からの目線ではなくて、同じ目線でやっていきたい。もちろんこれから、インカレやインハイなどの表彰式には出席させてもらいますが、そのときにもそのことを念頭に置いてヨットを続けてくださいと、いうふうなことはお願いをして回っていきたいと思っています」
馬場氏7艇目の愛艇であるクラブスワン42。ニューヨーク・ヨットクラブ(NYYC)の正式採用艇であり現在の所有。NYYCインビテーショナルカップは、チャーター艇で出場し2015 年5 位、2017 年7 位の成績を収めた。サポートボートの〈小小夏(ココナツ)〉(ゾディアックプロ7.5)から撮影。〈夏子〉(X35)、〈夏〉(J/70)、〈小夏〉(ヤマハPC36)と合わせ、サマーガール・スコードロンと呼ばれる 。
サマーガールチームの足跡
環境への取り組み パラセーリングへの思い
「環境問題も重要です。世界的にも重要な取り組みです。ゴミを拾うことは美しい行為なんですけども、そもそもごみを捨てないということを教育していきたい。拾うことよりも捨てないようにさせることのほうが重要。JSAFの応援団長の加山雄三さんにもお手伝いしてもらって、『海その愛基金 海洋環境クリーンプロジェクト』を立ち上げております。
また、万博に合わせてセーリングの大きな大会を考えています。iQフォイルからはじまってディンギーもすべて、ハンザも。大きなヨットも、ディンギーと同じルールブックのなかで走ってるんだってことを、子どもたちにみせたいですね。
そしてパラセーリングです。パラリンピック競技への復活を目指しつつ、アジア大会での日本開催を目指します。あと、ジャパンカップの復活も考えています。ジャパンカップ・ウイークですね。HPRクラス、K36侍クラス、IRCクラス、ミドルボートクラスなどに分けて、それぞれの日本一を決める。細分化した今の時代に合わせた日本選手権です。これは、サマーガール・チームは運営に徹しようと思っています。
私の理想のヨットクラブはニューヨーク・ヨットクラブです。大人たちのレースが昼頃終わると、クラブメンバーがOP級のようなディンギーをリブボートで曳航して沖に出していく。ヨットクラブが、子どもたちの育成と普及も担っているんです。江の島や小戸などではクルーザーとジュニアが近い関係でやっています。私の所属する関西ヨットクラブは、ジュニアの指導育成ができる土壌があります。ヨットクラブとの寄り添い方も考えていきたいです」
*
――最後に全国のセーラーにメッセージをお願いします。
「現在はZoomといった便利なツールもあるし、どこでも会議ができるわけですから、JSAFの役員も地方からどんどん出てきていいと考えています。暑いときは汗かいてますし、冬の寒いときは凍えながら一緒にレースしてるわけですから、全国のセーラーともっと会話していきたいと思っています。他のオーナーも私がだれか分かってくれてるし、JSAFの会長やなしに、気楽に話してほしいですね(笑)。
みんな、よき仲間、ライバルです。憎き仲間かも分からんけど(笑)。たまにセールやぶって失敗せえとか思ってるかもしれへんけど(笑)。初の現役セーラー会長。これからは、その言葉を裏切らないようにやっていかないといけませんね」
(文=Kazi編集部/中村剛司、写真=舵社/山岸重彦)
※月刊『Kazi』2021年1月号にも関連記事掲載。バックナンバーおよび電子版をぜひ
※本記事は『Kazi』2021年1月号に掲載されたものを再編集したものです。
初の現役ヨットレーサーであるJSAF会長、馬場氏。彼が描くセーリングシーンの未来に期待が膨らむ。
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