琉球の海を訪ねて「廃棄ヨットの復活に馬艦船の伝統を吹き込む」前編

2024.01.15

「舟楫(しゅうしゅう)を以て万国津梁(ばんこくしんりょう)となす」という言葉がある。 

550年もの昔、「舟楫(船と舵)によって、万国の津梁(架け橋)になろう」と銘に刻み、 

世界を相手に海へ乗り出した人々の言葉だ。その国は琉球、現在の沖縄だ。 

 

日本の南洋に栄えた彼ら海洋民族の用いた船、技術はどのようなものだったのか。 

廃棄寸前のヨットを直しながら現地のセーラーと交流し、沖縄のセーリングの現在と、馬艦船(まーらんせん)をはじめとする歴史を体験してきた。 

 

『Kazi』1月号掲載の記事を無料公開する。まずはその前編をどうぞ。

後編はコチラ!

 

メインカット | photo by Kai Yamamoto | 伝統漁船ハーリーのレースなど海洋文化が力強く根付く場所、沖縄。普段見る海とは明らかに異なるエメラルドが混じる鮮やかなブルー。勝連B&Gで譲り受けた廃棄寸前のヨットを宜野湾港(ぎのわんこう)マリーナに移し、復旧した

 

 

造船やレストアの前には、必ずイメージイラストを描く。詳細な艤装から、未来のイメージまで! 

 

 

まずはDIYで船を復活させる

沖縄を最初に訪れたのは、2022年の10月。使わなくなった船を譲り受け、修理が始まった。 

沖縄はこの日気温は27度。湿気の多い生暖かい強い風が吹いてくる。天候不安をよそに、「沖縄の天気予報は当たらないんですよ~」と、すでに現地入りしていたメンバーが合流すると、わいわいとにぎやかに楽しくなるものだ。早速、到着を祝うためにオリオンビールで乾杯。 

 

 

 

 

翌日、宜野湾(ぎのわん)からレンタカーで勝連半島にある勝連B&Gに向かう。近くには勝連城址公園があり、那覇や島の西側とはまた一味違った落ち着いた雰囲気がある地域だ。 

現場に到着すると、地元のヒガシ(東賢一)さんが出迎えてくれた。ヒガシさんは沖縄で活動するセーリングチーム「チームうるま琉球」のまとめ役で、今回も随分とお世話になった。大きな体と、優しい声で明るく冗談を言ってくれるナイスガイだ。 

船を早速動かそうとする。前回の下見で船を直す段取りはある程度決めていたが、なんだか船が重い。ドレインプラグを開放すると、中から大量の水が出てきた。・・・しばらく止まらない水を眺めながら呆然とする。よく見ると思っていた以上に交換部品が多そうだ。 

ここまで来たのだから、とにかくなんでも始めてみよう! とまずは船をチェーンブロックで吊り上げて、慎重に引き出す。本当はヒガシさんのジムニーで、火花を出しながらガリガリっーと引きずり出したのだが。船を広い位置まで移動し、次は長年の垢を落とすように、船を磨く。船体はしっかりとしていたので一安心。ボロボロで使えない部品もどんどん取り外し。特に木部は全て作り直す必要があった。 

 

伝統船「馬艦船」ってどんなフネ

博物館や資料館に行くと、「進貢船(しんこうせん)」や港の様子を描いた古い絵図を見つけることができる。琉球は海を玄関口として大いに栄えた証だろう。そこには那覇に残る「波上宮」「三重城」「御物城」が描かれていることが多い。崖の上に立つ波上宮は昔から海の玄関のシンボルとして存在していたのだろう。幕末に日本を訪れたペリーが琉球に来たときにも海図に記載している。 

山原船(やんばるせん)をあらためて見上げてみる。琉球の歴史、その風を感じた

 

 

沖縄県与那原町に展示されている山原船(やんばるせん)。馬艦船、帆船(ふーしん)とも呼ばれる 

 

 

進貢船に荷物を搭載する図。右上に小さく走るフネが馬艦船だろうか

 

 

どうせ直すなら沖縄に似合う船にしたい

今回の旅の舞台になった沖縄のフィールドには古くから中国・アジア全域への進貢船を使用した国際航路が開かれており、海の交易、文化の交流点として世界に開かれた海洋文化が根付いている。 

「舟楫(しゅうしゅう)を以て万国津梁(ばんこくしんりょう)となす」。この言葉は、船を使い世界の架け橋になろう、という意味で、沖縄の首里城に掲げられた鐘に刻まれた文字だ。世界からもたらされた資源や貴重な品は「山原船(やんばるせん)」「馬艦船(まーらんせん)」と呼ばれる帆船によって琉球国内の島々、薩摩藩へも運ばれた。「馬艦船」は国際航路の進貢船と異なり、船体はスマートで、「イシンタナ」と呼ばれる部材が船底に取り付けてあり、これによって横流れをある程度防ぐことができた。キールボートのようなスピードと、帆走性能を持った構造だったのだ。 

進貢船は中国までの大洋航路に就く船なので、船型も荷物をたくさん積めるように幅広く喫水が深い。安定感はあるが、小回りが利かず、都合の良い風を待ち、真っ直ぐ中国を目指すというのがこの船の走らせ方だろう。 

変わって馬艦船は、帆は縦帆、琉球国内の物資を必要に応じて運ぶために向かい風でも少ない人数で操船できるように工夫がされている。江戸時代に日本で活躍した千石船は横帆、そしてフレーム(肋骨)を持たない箱型の船型だ。馬艦船は多くのフレームを持つ堅牢な船型をしている。中国のジャンク船をもとに各地域の良いとこどりのような、海洋文化の交差点である琉球が作り上げたこの船に僕はすっかり魅了された。 

僕らが各地で行っている船を直して海に出るというこの活動にはいくつかのテーマがあるが、一つの大きなテーマが「人はどうして海を渡るのか」ということだ。安全な陸地を離れどうしてこの広大な海に挑んだのだろうか、彼らが見た景色はどんなものだったのか。それを知りたくて僕は各地の海を舞台に旅を続けている。 

今、修復している帆船はFRP製の船だけれど、動力は人力と風。海を渡る風景や、そこから得られる体験は当時と変わらないはずだ。琉球の人々が持つ海洋文化と、その知恵に近づけるようなそんな体験をしたいと思った。 

 

 

雨の沖縄。今回の旅の目的は、使わなくなったセーリングカッターを現地で直し、沖縄本島~慶良間(けらま)諸島など周辺の島々への航海に向けて動き出すためだ。一緒に海の活動をしてくれているメンバーと共に数回に渡り沖縄を訪れ、船の修繕、改造、進水を目指した 

 

 

勝連B&Gにあったヨットは、まさに廃船寸前。ドレインプラグから大量の水。しかし、ハル自体は問題なかった 

 

 

このヨットは、センターボード仕様。デッキを修繕し、塗り替え、座席を取り付ける

 

 

櫂(かい)の受け口であるクラッチの穴を開ける

 

 

伝統的な帆を縫う

これから行う僕らの航海が先人の知恵に近づけるように、琉球の海に溶け込むように、僕らはこの船を琉球時代の帆船のカラーに塗ることにした。黒の船体に鮮烈な赤が映える。船主部分には特徴的な「目玉」を描く。この目玉は魔除けの意味があるが、海を渡る鳥の目だと言われている。 

船体を塗り終え、良い色だなと思う。この船を〈うりずん〉と名付けた。「うりずん」とは、夏の前に柔らかく吹く湿った風を指す。作物の苗を育てる恵の雨をもたらす風だ。 

船体が完成し、さてセールはどうしよう、ということになった。沖縄では小舟であるサバニから馬艦船など日常的に帆走をしていた。そのためかセールの形は驚くほど理にかなっている。いわゆるジャンクリグ、バテンの入ったラグセールなのだが、帆布を縦につなぎ合わせ、その帆布を何本つないだかによって3反帆、6反帆など船の大きさも表した。 

しかし、山原船、馬艦船と呼ばれた長さ20mほどの中型の快速帆船は、沖縄県内で現在は見られない。長い間、島の物流を担っていたが、その役目を1950年ごろを境に汽船にとって代わられ、姿を消したのだ。現在では博物館などで一部模型や復元されたものを見ることができるだけだ。 

どうせやるならセールも馬艦船のような真っ赤な伝統的なセールにしたい。一度愛知に帰った僕らは一致団結し、真っ赤な帆布を注文し帆の製作に取り掛かった。 

もともとは木綿に豚の血を塗り込んだり植物の澱粉質などを煮込んだりして塗り、帆の腐食を防いでいたそうだが、今回は綿ではなく廃棄プラスチックをリサイクルしたリサイクル帆布を使用した。伝統的な帆船の帆を縫う作り方で、自分たちなりに思いを込めてセールを縫う。仲間とこのワクワクする時間を共有することが何よりうれしい。 

馬艦船のセールは四角いガフセールのヘッドセールメインの2枚の形になっているが、今回は、扱いやすいように、第一弾として自分たちが普段から使っているセールに近いジブガフセールのメインセールの2枚を作ることにした。 

(後編に続く)

 

セールの色はもちろん赤。タッククリューなど硬い部分は手縫いで仕上げていく

 

 

馬艦船の特徴である目を貼り付ける。昔はこの目の形でどこの港の船が判別できたそうだ 

 

 

自宅の工房でセールを縫う。ミシンも駆使して、セールプランに合わせ作業を進めた 

 

後編はコチラから↓

琉球の海を訪ねて「廃棄ヨットの復活に馬艦船の伝統を吹き込む」後編

 

 

(文・写真=山本 海/スピリット・オブ・セイラーズ 写真=山本絵理/スピリット・オブ・セイラーズ)

※本記事は月刊『Kazi』2024年1月号に掲載されたものです。バックナンバーおよび電子版をぜひ

 

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山本 海       

Kai Yamamoto

19歳、セイルトレーニング帆船〈海星〉にボットムセーラーとして沖縄~慶良間~宮古~石垣を5カ月かけて回る。後、世界各地の帆船5隻にクルーとして乗船。2015年スピリット・オブ・セイラーズを設立。ISPA公認スクールを開講。「DIY無人島航海計画」を主催。マリンジャーナリストとしても、ジワジワ活躍中。 https://spiritofsailors.com/

 

 

 


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