第35回アメリカズカップで使用されたAC50の流れを汲むフォイリングカタマランである「F50(エフゴジュウ、フィフティ)」。時速100kmで疾走するモンスターヨットの操縦方法を解説する、その後編。前編では、ドライバーとウイングトリマーのHMI(ヒューマン・マシン・インターフェイス)について触れました。
後編は、グラインダーとフライトコントローラーについて。解説はもちろんこの人、SailGP日本チームの広報担当、渡部雄貴さん! ちょっとマニアックな記事ですが、世界最高水準のヨットがどのようなものか、ぜひその目で確かめてください!(舵オンライン編集部)
※メインカット写真|F50のコクピット:photo by Bob Martin for SailGP
photo by Beau Outteridge for SailGP
グラインダーのペデスタルはウイングセールのウインチドラムに直結。まさに操船の要だ
まずはグラインダーのHMIについて解説します。
グラインダーには2個のHMIオプションがあり、コクピット内側に設置された8個のボタンパネルと、コクピットフロアに設置されたフットボタンを操作。グラインダーはレース中、ぺデスタルを回しているため、電子的なHMIは限られています。フットボタンは、ジブシート・イン、ジブシート・イーズ(アウト)の2 個。
つまり、グラインダーを回すという心肺機能をフル活動させる高負荷運動をしながら、ボタンパネルとフットボタンを操り、ジブのコントロールをしなければならないのです。1500m走に近い運動をしながら、頭のなかではチェスをするかのごとく頭脳を巡らせる。ある意味、最も超人的なポジションと言えるかもしれません。
これがグラインダー用のHMI。グラインダーを回しながらこのボタンを操作するなんて・・・考えられない!
フライトコントローラーは、フォイリングボートの時代になり新たに誕生したポジションです。ダガーフォイルのレーキ(前後。迎角)とカント(左右)などをトリムし、艇のハイト(高さ)をコントロールします。ダガーフォイルから得た揚力で艇を浮かせるわけですが、この揚力は艇速によって大きく変化します。ウイングトリマーとドライバー、そしてグラインダーたちが作った艇速から、水中のダガーフォイルが揚力を生み、フォイリングします。特に、タッキングやジャイビングなどの旋回時は、艇速が大きく変わる瞬間でもあり、トリムは非常に難しいものになります。
photo by Beau Outteridge for SailGP
ダガーボードの上下、前後(レーキ。フォイルの迎角)をコントロールする。写真のフランチェスコ・ブルーニに代わり、現在は高橋レオが担当する
第36回アメリカズカップの採用艇、AC75のフライトコントローラーも務めたフランチェスコ・ブルーニに聞きました。
「F50は非常に高速なボートで、あらゆる判断を迅速に下す必要があります。全てを理解して走らせなければなりません。ただ、AC75に比べて非常に軽く、微風では良いパフォーマンスを発揮してくれます。 微風用の大きなダガーボードは面積が広い分、テイクオフスピードが遅く(時速28km程度)、小さなボードはスピード速い分、テイクオフスピードが速く(時速36km程度)なります」
シドニー大会では、元グラインダーの高橋レオがフライトコントローラーデビューを果たし、大活躍しました。
また、フライトコントローラーは、ダガーボードと同時にラダーフォイルのトリムも行います。ラダーは左右で迎角を変えています。ラダーディファレンシャルと呼び、風下側は上向きの揚力、風上側は下向きの揚力(ダウンフォース)を発生させます。これは、艇がヒールしすぎないようにするためです。ダガーボードのダウンシークエンスが完了したことをシステムが検知すると、ラダーディファレンシャルが自動的に一方のタックから他方のタックに入れ替わります。
これがフライトコントローラー用のHMI。最も複雑で、最もデリケートなコントロールが求められる。さらに、ミスがそのままキャプサイズ(ノックダウン)につながるという、重要なポジションでもある
ラダーディファレンシャルは、ホイールのツイストグリップやフライトコントローラーによって制御することができ、段階的に調整したり、ディファレンシャルを最大/最小値に変更することができます。ラダーエレベーターのダウンフォースが、高速走行時に構造上の限界を超えないように、速度に応じてリミットが設定されています。このシステムは、単純にF50の速度に基づいて両舵のレーキ角の差を制限するもので、微風用と強風用のラダーにはそれぞれ別の限界値が設定されています。ラダーレーキの最小角度を制限することで(リミット設定)、最大差が小さくなります。
ここで重要なのは(少なくとも現時点では)、ディファレンシャル・リミッターによってボートスピードが40ktになると、ダウンフォースが自動的に制御され、ほとんど航行不能になってしまうということ。つまり50ktを超える記録が出るのは、奇跡的と言っても過言ではないのです。
photo by Chris Cameron for SailGP
フライトコントローラーはゲーム機のコントローラーのようなHMIを使い、フォイルを制御する
CG by SailGP
ダガーフォイルが得る揚力は6トン(艇速30kt時)。2,400kgの艇体を十二分にフォイリングできるパワーを持っている
photo by Thomas Lovelock for SailGP
ウイングの内部。フライ・バイ・ワイヤにより、それぞれが独立した油圧アクチュエータを制御することで各パーツを制御
photo by Bob Martin for SailGP
F50 spec
●全長15m ●全幅:8.8m ●重量:2,400kg ●ウイング高さ(4~10kt:29m、4~24kt:24m、20~30kt:18m) ●最高速度:53kt(時速約100km)
photo by Jon Buckle for SailGP
船首(バウ)は写真下側。風速によって3~6人で操船するのだ
マニアックな話になってしまいましたが、F50を操るセーラーが、どれほど困難なことを成し遂げているのか、少しでも分かっていただければ幸いです。日本チームはオーストラリア大会を終えて総合3位につけています。次回のサンフランシスコ大会の最終戦も応援よろしくお願いいたします!
(文=渡部雄貴)
※月刊『Kazi』3月号に、関連記事あり。バックナンバーおよび電子版をぜひ
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SAILGP 2021 第7戦 シドニー(オーストラリア)
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最終戦アメリカ大会(サンフランシスコ)は2022年3月26日(土)・27日(日)に開催!
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