後藤浩紀氏によるSailGPシーズン2、総括!

2022.06.30

全8チームが死力を尽くし戦い続けたSailGPシーズン。日本は、シーズン1と同じく2位でシーズンを終えた。SailGPのJ SPORTSのライブ&オンデマンド配信の日本語解説者、後藤浩紀さん(SAILFAST代表)に、このシーズン2を総括していただいた。(舵オンライン編集部)

※本記事は月刊『Kazi』2022年6月号に掲載された記事を再編集したものです。

 

(タイトルカット=photo by Bob Martin for SailGP|最終戦、サンフランシスコ大会を走る日本チーム)

 


 

長く厳しい戦いが終わった。多くの光と影に彩られた日本チームのシーズン2は、奇しくもシーズン1と同じ最終成績となった。その戦いぶりをここで振り返ってみよう。

 

日本かく戦えり

思えば初戦のバミューダGPからいきなり波乱の幕開けだった。強風の2日目にポートタックでアメリカ艇とクラッシュ。7位と開幕ダッシュに失敗したばかりか、次戦までに修理が間に合うのか?と不安になるほどの大ダメージを負った。

なんとか戦線復帰した次戦のイタリアGPでは軽風を読み切り優勝。続く第3戦イギリスGPこそ6位に沈んだものの、第4戦デンマークGPで2位、第5戦フランスGPで優勝と完全に復調し、9月の時点で暫定トップに立つ。風が不安定であればあるほど、水を得た魚のようにスイスイと順位を上げる走りは、まさに「風使い」ネイサン・アウタリッジの本領発揮といえよう。

しかし軽風のアドバンテージだけで勝ち抜けるほど、このフリートは甘くない。強風の第6戦スペインGPではスタートで精彩を欠き、その後の直線スピードでもトップグループについていけず。何かを変えなければ、ファイナルで勝ち目がないのは明らかだと思われた。

 

 

第2戦イタリア・ターラントGP

アメリカ艇が浮遊物でラダーを折るという不運にも助けられたが、うれしいシーズン1勝目を挙げた。特に微軽風のジャイブポイントや回航後の即タック等の判断が冴え渡った。

photo by Bob Martin for SailGP

 

第5戦フランス・サントロペGP

微風用のビッグウイングが初めて使われた今大会。ファイナルでは、なんとあえてフォイリングさせないという戦略を取り、先行するアメリカを手玉にとって逆転勝利を収めた。

photo by Adam Warner for SailGP

 

土壇場での補強

第7戦を前に、日本チームは思い切ったカードを切る。ヨーロッパラウンドから第7戦シドニーGPまでの長い休止期間に、フライトコントローラーのフランチェスコ・ブルーニを外したのだ。実績豊富なACヘルムスマンに見切りをつけ、若い高橋レオを抜擢した。もちろん経験の差は大きいが、エミレーツ・チームニュージーランドからグレン・アシュビーをコーチに雇うことで、高橋のフォイルコントロールは短期間で一気に上達した。

そして新たにグラインダーに巨漢のルーク・ペインを招聘。ブルーニとの体重差は実に30キロ。厳密なワンデザインのSailGPで30キロの違いは大きい。しかもグラインディングのパワーも大幅にアップした。ウイングトリマーのクリス・ドレイパーにとって、引き込みが遅れないという安心感は何ものにもかえ難い。ガストで躊躇無くシートを出せるようになるからだ。

フライトコントロールの安定、30キロの体重増加、加えてこのグラインディングの補強により、直線スピードは目を見張るほど速くなった。シドニーGP2日目の強風も、最終戦アメリカGP初日も、競り合いから他を圧倒するスピードで抜け出していく。ついに悲願の優勝に手が届く、そのお膳立ては整ったかに見えた。

 

 

第7戦オーストラリア・シドニーGP

大会初日の最終レース、スタートで風上からイギリス艇に突っ込まれた日本艇はスターボード側のバウを大破した。翌日のレース復帰は絶望視されていたが、イギリスのハルに自艇のフォイルとウイングを移植して復帰。しかもその借り物の艇で連続トップを取るという最高のリカバリーを見せ、ギャラリーを大いに沸かせた。

photo by David Gray for SailGP

 

リベンジならず

迎えた運命の最終日はなんたる不運か、年に一度も吹かないような珍しい風向で、レース委員会が確保したエリアの形に合わない。上下レグの距離は極端に短くなり、風軸も大幅にずれたままレースを続行せざるを得なくなってしまった。しかも風待ちをする間にヘリコプターの燃料を消費してしまい、肝心の大一番の中継に空撮が無い! 実況ブースは裏で大騒ぎだ(笑)。あらためてヨットレースをライブ中継する難しさを痛感させられた。

雌雄を決したグランドファイナルは、この長いシーズンの総合優勝を決めるには、あまりにもお粗末な内容だったと言わざるを得ない。スタートで先にフォイリングしたオーストラリアが大量のリードを奪い、あとは軸がずれてスラロームのようになったコースを周回するだけだった。スタートからフィニッシュまでのマニューバがたったの3回。これではせっかく日本チームが引き上げてきた戦闘力も、残念ながら発揮しようがなかった。

 

オーストラリアの底力

敗れてしまった事実はもう覆らない。それと同時に、オーストラリアが最強チームであるという事実も、認めざるを得ない現実である。シーズン8戦中5勝をあげての総合優勝。あらためて強い。強すぎる。

そもそもファイナルに進んだオーストラリアのトム・スリングズビーはもちろん、アメリカのジミー・スピットヒルも、日本のネイサン・アウタリッジもみなオージー。SailGPはさながら、アメリカズカップならぬオーストラリアンカップの様相を呈している。なぜこれほど強いのか? それはオーストラリアの豊かなセーリング文化に裏付けられたものであり、一朝一夕に追いつけるような差ではない。セーリング人口のピラミッドの大きさがまず根底にあり、そこから習熟度に応じてトップを目指して行くための資金援助、コーチング、選手を引退したあとのセカンドキャリアまでが確立されている。

アメリカズカップの自国チームこそ途絶えて久しいが、タレント豊富なオージーセーラーは、常に他国チームの中心選手として活躍してきた。SailGPオーストラリアチームのメンバーは、大半がオラクル・チームUSAのチームメートであり、リーグ創設時からガチガチの大本命だった。シーズン3以降も高い壁として、参加全チームの前に立ちはだかることだろう。

 

 

2019年にリビエラシーボニアマリーナで開催されたフォイリングキャンプに、ネイサン・アウタリッジが参加。モスワールドも2度優勝しているネイサンだが、ワスプはこの日がほぼ初体験。にもかかわらず、乗り替わるや否やRIBの周りをフォイルタック・フォイルジャイブで華麗にサークリングして見せた。繊細なステアリングと大胆なセールトリム、それに絶妙なボディパンプでフォイリングを維持するテクニックはもはや神業

photo by Yoichi Yabe

 

日本にエールを!

ここまで2シーズンとも惜敗したとはいえ、そもそも日本チームが存在している事実だけで奇跡に近い。誰もが認める天才セーラーが、雇われクルーではなくCEOとして日本チームを率いてくれているのだから。ネイサン・アウタリッジがSailGPのインタビューで、日本にセーリング文化をもっと根付かせたいと言ったのは、決してリップサービスではなく彼の本心なのである。千載一遇のチャンスを逃すべきではない。

一人でも多くの日本のセーラーに、彼からの薫陶を受けてほしい。そして一日も早く日本GPを実現したい。海上ではオーストラリアに次ぐ2位をキープしているが、陸上での獲得スポンサードは全チームの中で最下位というのが悲しい実状だ。チームの存続は常に綱渡りの状態が続いている。かつてのニッポンチャレンジがそうであったように、若いセーラーが最短距離で世界に出て行けるSailGPの価値は計り知れない。奮闘する日本チームに、さらなる熱い声援を送ってほしい。

 

(文=後藤浩紀|SAILFAST)

 

※本記事は月刊『Kazi』6月号に掲載されたものを再編集したものです。バックナンバーおよび電子版をぜひ

 

レース観戦方法

SAILGP J-SPORTS(日本語解説あり)

https://www.jsports.co.jp/pickup/sailing/ 

https://jod.jsports.co.jp/pickup/sailing

J SPORTSオンデマンド配信で日本語解説を務めた後藤浩紀さん(右)とアナウンサーの北川義隆さん

 

 

その他

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SEASON 3 CALENDAR(レース日程)

1    BERMUDA SGP    15-16May 2022

2    UNITED STATES SGP    19-20 Jun 2022

3    GREAT BRITAIN SGP    30-31 July 2022

4    DENMARK SGP    19-20 Aug 2022

5    FRANCE SGP    10-11 Sep 2022

6    SPAIN SGP    24-25 Sep 2022

7    DUBAI SGP    12-13 Nov 2022

8    SINGAPORE SGP    14-15 Jan 2023

9    AUSTRALIA SGP    18-19 Feb 2023

10    NEW ZEALAND    SGP 18-19 Mar 2023

11    UNITED STATES    SGP 6-7 May 2023 

 

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後藤浩紀/Hiroki Goto

アテネ・オリンピックほかでは470級で、リオ・オリン ピックではナクラ17級でキャンペーンを展開。日本モスクラス協会会長も務め、モス級日本スピード記録(32.6kt)も持つ。写真は、F50の試乗(ニューヨーク) を終えた直後

photo by Beau Outteridge for SailGP

 


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