気まぐれ高気圧セントヘレナ/ヴァンデ・グローブ実況

2020.11.27

高槻和宏のヴァンデ・グローブ実況(2020/11/27 金曜日配信)

ヴァンデ・グローブは3週目に突入。南半球に入った先頭集団には、あれやこれやいろいろありまして。

 

■気まぐれなセントヘレナ

風は気圧の高いところから低いところへ向けて吹く。それも、地球の自転の影響を受けて、北半球では高気圧から時計回りに吹き出し、低気圧に向けて半時計回りに吹き込む。

ということで、北大西洋では定常する中緯度高圧帯(アゾレス高気圧)から時計回りに吹き出す北風に乗って南下するのが、帆船時代からのお決まりのルートとなっていた。

 

南半球では、これが逆になる。南大西洋の中緯度高圧帯(セントヘレナ高気圧)から半時計回りに吹き出す北風に乗って南下することになる。つまりセントヘレナ高気圧の西を通るルートだ。例年ならば、ここでデイラン(24時間の帆走距離)記録が期待できるレグなのだが……。

 

上のトラッキングマップは、11月24日の先頭集団。
今年のセントヘレナ高気圧は大きく二つに分かれていた。そこは、低気圧というか気圧の低い領域というか。高気圧と高気圧の谷間というか。なんとも予測不能の軽風域が広がっている。目の前に細い回廊のようなルートあるかと思えば、幻のように消えていく。無情の小道で……。
赤道収束帯(ドルドラム)を一気に走りきった先頭集団は、南大西洋の出口で立ち往生。第2幕のラストは混沌としている。

 

■〈HUGO BOSS〉大工事のはてに

時間をちょっと戻そう。11月18日(1319UTC)。アレックス・トムソンの〈HUGO BOSS〉がトップで赤道を通過。〈LinkedOut〉、〈APIVIA〉、〈YES WE CAM!〉と続き、ヴァンデグローブは第2幕、南大西洋へと舞台を移した。

そんな矢先の11月21日。トップを快調に突っ走る〈HUGO BOSS〉にトラブル発生。
通常の点検作業の際に船首部のロンジビーム(longitudinal beam )に亀裂を発見。これがかなり広域に渡っており、大規模な修理が必要となる。
ロンジビームは、船体内側に設けられた縦方向の補強材で、縦通材、ロンジフレームとも呼ばれる重要な強度部材だ。

フォイル(水中翼)を備えた第8世代以降のIMOCAは、バウ(船首)を大きく宙にに浮かせて走る。そのため波に叩かれにくいと言われてきたが、いざ波に突っ込んだときの衝撃は、ただものではない。どの程度の強度を持たせればいいのか。軽量化にも務めなければならないデザイナーにとって腕の見せどころであり、また答えが出ていない領域なんだろう。

こうした事態を見越してか、〈HUGO BOSS〉には十分な修理用資材が搭載されていた。
それを使って、どこをどのように補強するか。まずは陸上の技術者チームが作業内容を構築している間、アレックスは6時間の睡眠をとる。作業内容が決まり、工事開始。どうやら夜を徹した作業になったようだ。先に寝ておいてよかった。
ヨットの船首側の船室をフォクスル(forecastle)という。レース艇の場合、船室というよりフレームむき出しの薄暗い空間だ。一度でも走るレース艇のフォクスルで作業をしたことがある人なら、そしてそこで、カーボンを削って積層してまた磨いてという作業を夜通し行うことをイメージしていただければ、いかに大変なことか想像できると思う。

11月23日18:30。修理工事完了。

 

photo by Alex Thomson / Hugo Boss

 

優勝候補筆頭のアレックス・トムソンは、この劣悪な環境での過酷な作業を易々とやりとげるばかりか、これが強風大波が続く南氷洋に入る前であること、さらに、他艇は無風で一向に進んでいない穏やかな海での作業であったことから、実に晴々とした笑顔で戦列に復帰した。

 

■〈LinkedOut〉フォイルにダメージ

〈HUGO BOSS〉に変わってトップに立ったのがトマ・ルイヤンの〈LinkedOut〉だ。
しかし、それもつかの間。11月25日 02:00(UTC)、艇内で寝ていたところ、異音で飛び起きる。デッキに出てライトで照らすと左舷のフォイルに何カ所かヒビが入っているのを視認。音はしたが特に衝撃は無かったようで、原因は不明。強度不足か?

フォイルは先端の揚力を発生させる部分を "tip" 、船体と繋ぐ部分を "shaft" と呼び分けているようだ。先端部と付け根の部分では必要な強度が違う。一見1枚の翼のように見えるが、構造的には異なるものということか。
そのシャフト部分に複数の亀裂が入っているとのこと。おかげで、フォイルを艇内に収納することもできない状況だ。

船体側のフォイルを受ける部分には今のところ異常なないものの、このままスターボードタックで走ると、ダメージを受けたフォイルには水中でさらに力がかかる。これが妙に折れ曲がってしまったら、船体や、マストを支えているアウトリガーのタイロッド(tie rod:アウトリガーを下方向に支えるロッド)を壊してしまうかもしれず、そうなるとマストが倒れる。と、二次被害が考えられる。

 

photo by Thomas Ruyant / LinkedOut

 

トマ・ルイヤンの〈LinkedOut〉。現在、ショアチームでは設計者のギヨーム・ヴェルジェをはじめ技術者が集められ対策を協議中だ。切断するにしても、船外に大きく張り出している部分なので、洋上でましてやたった1人ではたしてできるのか?
非常に難しい判断に迫られている。

 

■後続艇団はドルドラムで

先頭艇団が南半球入りしてから、赤道収束帯はその活動が活発化した。風が安定しないということ。

 

先頭艇団がセントヘレナ高気圧の気まぐれに翻弄されている頃、後続艇団は活発化した赤道収束帯で難儀している。

ここで後続艇団は2つ、後続1(K1)、後続2(K2)に分断され、これは逆にセール修理を終えK2を追う白石康次郎の〈DMG MORI GLOBAL ONE〉にとっては追いつくチャンスとなった。さらに後ろから、大修理の後9日遅れで再スタートを切った〈CHARAL〉も、ヒタヒタと追い上げてきている。

下が、本日最新の位置情報。

 

後続艇団も赤道を通過。〈DMG MORI GLOBAL ONE〉と〈CHARAL〉もあと一息。
後続艇団はにとってはここからが第2幕、南大西洋だ。

 

■いよいよ第3幕

〈HUGO BOSS〉が修理で後退。〈LinkedOut〉も遅れ、〈APIVIA〉が単独トップに立つ。

 

photo by Charlie Dalin / Apivia

 

〈APIVIA〉のシャルリー・ダランは36歳のフランス人。これが初出場。Mini6.50を初めとして、フランスショートハンド外洋系のレースで実績を積み上げてきたセーラーだが、同時にヨット・デザイナーでもある。艇はギヨーム・ヴェルジェ設計で2019年8月5日進水の最新世代艇だ。〈LinkedOut〉とほぼ同じデザインということで、あちらのフォイルトラブルは気になるところだろう。特に自身がヨット・デザイナーでもあるだけに。

先行艇団の多くは、セントヘレナの気まぐれを交わすべく西に回わり、やっと吹き出しの北西風に乗り始めたようだ。

そしてこのまま、初出場のシャルリー・ダラン〈APIVIA〉を先頭に、ヴァンデグローブは第3幕、吠える40度へ突入だ。

 

(文=高槻和宏)

 

※「舵オンライン」では、毎週金曜日に「高槻和宏のヴァンデ・グローブ実況」をお届けしています。

 

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高槻和宏(たかつき・かずひろ)
1955年生まれ。神奈川県在住。ヨット、ボート、カヌーなど、ジャンルを問わず海を遊ぶマリンジャーナリスト。月刊『Kazi』の人気筆者として、長年さまざまな記事を手がける。『虎の巻』シリーズ、『ヨット百科』など、ヨットに関する著作多数。


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