アイスランドでの5年間、アイスランドのフーサビーク(Husavik)にあるノースセーリング社(帆船による冒険ツアー会社)のスリップウェイで調整を重ねた43フィート木造ヨット〈インテグリティ〉。アイスランドへの練習航海を経て、いよいよ北西航路への冒険の準備が整いつつあった(編集部)。
【短期集中連載】北西航路を走破した43フィート木造ヨット〈インテグリティ〉の大航海
①北西航路の歴史
②砕氷帆船の建造
③アイスランドでの5年間
◆メインカット
photo by Will Stirling | 横帆を揚げ、追手の順風を快走する〈インテグリティ〉。このセールはヤードを使って展開するが、ワイルドジャイブのリスクを回避できる
〈インテグリティ〉のコクピットにて。西方に陸地を初認(Land ahoy)。双眼鏡でグリーンランドの山々や谷を見分け、自船の位置を確認する
整備と準備には十分な時間が費やされた。きれいに整頓されたウェル。北西航路への用意は整った
〈Integrity〉
●デッキ長:43フィート
●水線長:37フィート
●喫水:7.6フィート
●メインセール:675平方フィート
修理と準備を進めた、アイスランドのフーサビーク(Husavik)の位置と周辺地図
Transit of the North West Passage(北西航路横断)
乗員について
どんな旅でも、鍵となる要素はチームである。それゆえ、計画の最初の段階から我々は、経験と、それぞれ異なる特殊技能の有無、そして最も重要な気質を考慮に入れて慎重にチームメンバーを選んだ。
初期の養成トレーニングでは、チームダイナミクス(メンバーが協力しあうことで生まれる影響や能力)がこの計画の成功に不可欠であることが強調された。本番の航海は4週間から6週間の三つのレグに分け、それぞれのレグには異なるクルーが乗船するようにした。そうすれば、万が一クルーの配置に判断の誤りがあったとしても、途中で修正がきく。
私たちは、19世紀の初め、北西航路探検に功を成した英国海軍士官ウィリアム・エドワード・パリー卿の金言を、自分たちの行動指針として掲げた。それは1821年12月31日、メルヴィル半島ウインターアイランドのヘクラあるいは〈HMS Fury〉の船上で書かれた言葉だと言われている。それはこのようなものだ。
「任務の遂行に全霊を尽くすにあたって、快適さは豊かに満たされ、海路の見通しは我々を活気づかせている。このような現状に喜びを感じられないとすれば、それは私たち自身の落ち度にあると言わざるを得ないだろう。6,000マイルに及ぶ旅の間、狭く密な船内環境の中、時には寒さ、疲労、そして時には恐怖に苛まれる状況下にあっても、(乗員に)遺憾な行動がなかったことを報告できることをうれしく、誇りにさえ思う。どれだけの距離を移動し、どのような場所にまで到達したかということよりも、慎重で、冷静で、思いやりのある行動を、私たちの集団としての最大の功績としたい」
クルーの大半はすでに〈インテグリティ〉で北極圏の航海を経験していたが、そこに潜む危険をチームとして再認識するために、我々は養成訓練の期間中、今回の北西航路横断航海という目的に特化した二つのトレーニングプログラムを実施した。それは冷水海域でのサバイバルトレーニングと、高緯度海域でのファーストエイド(応急手当て)についてのコースである(このコースの後、私は除細動器=AEDを購入した)。
準備にはきりがない。クルーはそれぞれに担当する分野を任され、あらゆる事態を想定し、広範な準備に取り組んだ。遠隔の地を通過するため、ひとたび航海を始めたなら、最後まで、いかなる出来事にも対処できるだけの装備と能力を有したいと願ってしまう。
しかしこれについては、19世紀の軍事理論が端的に述べている。「敵との接触に耐える計画はない」。あるいは、「最善を望み、最悪に備えよ」という一般的な言葉に従うのが良いのかもしれない。
(次回に続く)
ウィリアム・エドワード・パリー卿
Sir William Edward Parry
1790年12月19日~1855年7月8日か9日。北極海を冒険した探検家。1820年、ランカスター海峡から北極海へ渡り、北西航路開拓の功績を残した
©Library and Archives Canada
冷水海域でのサバイバルトレーニングと、高緯度海域でのファーストエイド(応急手当て)トレーニングを受けたクルーたち。世界一周レースに臨む外洋レーサーにも必須のコースだ
ウィル・スターリング氏のHP
Stirling and Son
(文・写真=ウィル・スターリング 翻訳=矢部洋一)
text & photos by Will Stirling, translation by Yoichi Yabe
※関連記事は月刊『Kazi』2024年10月号に掲載。バックナンバーおよび電子版をぜひ