AC日記202301|イネオスのLEQ12、T6を見る

2023.01.28

初めてアメリカズカップを現場で観みて以来約30年、その間、ニッポンチャレンジのセーリングチームに選抜されるなどしながら、日本のアメリカズカップ挑戦の意義を考察し続けるプロセーラー西村一広氏による、アメリカズカップ考を不定期連載で掲載する。新時代のアメリカズカップ情報を、できるだけ正確に、技術的側面も踏まえて、分かりやすく解説していただく。本稿は月刊『Kazi』2023年1月号に掲載された内容を再集録するものだ。(編集部) 

(※メインカット写真=photo by C.GREGORY | INEOS BRITANNIA | 流線形が最も空気抵抗が小さいというこれまでの常識は覆されたのだろうか、直線的な平面が非常に複雑にからみ合うT6の船体。フォイルとエレベーター中央の先端に、見慣れないセンサーが突き出ている)

 

 

 

英国イネオスのテスト艇進水

既報のイタリアのルナロッサ・プラダ・ピレリ(以下、LRPP)が第37回アメリカズカップ(以下、AC)のレース艇開発用テスト艇〈ルナロッサ〉をサルディニア島で進水させたのに続いて、同じ地中海に浮かぶマヨルカ島のパルマで冬季キャンプを張る英国イネオス・ブリタニアが、T6というコードネームを持つテスト艇をお披露目した。 

写真を見てもお分かりのように、このT6も、LRPPのLEQ12〈ルナロッサ〉と同様に、船体にはとてもファッショナブルなステッカーデザインが施されている。2隻ともテスト艇なのにめっちゃお洒落だ。イネオス・ブリタニアのT6は、このチームのオーナーでありボスであるジム・ラトクリフが所有するクルマのF1チーム、メルセデスAMGペトロナスF1とイネオス・ブリタニアとが共同でデザインし、建造したもの。イネオス・ブリタニアをラトクリフとともに率いるベン・エインズリーは次のようにコメントしている。 

 

 

英国ハイスにある先進コンポジットビルダーの一つキャリントンボートで建造されたT6は、メルセデスAMG・ペトロナスF1の英国研究施設に運ばれて艤装が進められた。アメリカズカップとF1技術がリアルに合体したボートである 

photo by C.GREGORY | INEOS BRITANNIA

 

 

「前回の第36回ACで我々は設計ツールとシミュレーターを使ってレース艇の設計方針を決定したが、最後までその設計方針に自信が持てないまま本番に臨み、敗退した。なぜ自信が持てなかったかと言えば、そのデザインツールから導き出されたデータが十分に正確なものとは言えなかったからだ。次回に向けて設計ツールとシミュレーションについては大幅に進歩させることができたと思う。ただ、これらから導き出された『解』が正しいか否かについて正確なフィードバックが必要だ。T6はそのプラットフォームとして重要な役割を担うことになる」 

 そしてそのあとに、気になる発言も。

「T6を含めた次回ACへの技術的アプローチは、ACチームとF1チームが統合した我々の強みだ。今後自転車競技を含めた他のスポーツ分野の専門知識も活用していきたい」 

唐突にエインズリーの口から自転車競技という言葉が飛び出した。ラトクリフはプロの自転車チームも所有している。次回ACに向けて、イネオス・ブリタニアはバッテリー充電の人力入力について、自転車タイプのペダルによるシステムを視野に入れているかもしれない。 

 

 

ベン・エインズリーがACに関わり続けてすでに20年以上。米国チームのタクティシャンとして勝利したことはあるが、まだ英国にカップを取り戻すことに成功していない。そろそろ来るのでは、という予感がなくもない・・・

photo by C.GREGORY | INEOS BRITANNIA

 

 

そう言えば2022年10月、米国ニューヨークヨットクラブの代表チームのアメリカンマジックが、自転車とそのコンポーネントの世界的大手である台湾のスラム社と機材提供契約を結んだことを、ヨーロッパの自転車メディアが報道した。どうやらアメリカンマジックも、次回ACの挑戦艇にペダル充電入力システムを搭載する計画を進めているようである。 

 

 

T6が担う役割は、レース艇(今回は1隻しか建造が許されていない)のデザイン上の仮想の性能部分を、実際のデータとして抽出すること。つまりT6のこの形は、英国の次回挑戦艇にかなり近いことになる 

photo by C.GREGORY | INEOS BRITANNIA

 

 

陸上帆走スピード記録挑戦がETNZの足枷に?

南半球のニュージーランドのオークランドに留まってAC40クラスのテストを続けている防衛者エミレーツ・チームニュージーランド(以下、ETNZ)だが、おそらくすでに、初期の耐久テストや動作確認テストを終え、現在はそのAC40クラスを、自分たちのレース艇のデザイン開発に用いるため改造する作業に入っているものと思われる。 

ただ、この作業の中心にいるべきはずのグレン・アシュビーの姿はオークランドにはない。ETNZのAC以外の大きなプロジェクトの一つ、ランドヨット〈ホロヌク〉によるセーリングの陸上スピード記録挑戦が、まだ達成できていないのだ。 

 

 

セーリング陸上スピード記録を目指すグレン・アシュビー。現在の世界記録は、2009年に米国カリフォルニア州のイヴァンパー乾湖で米国人が樹立した202.9km/h 

photo by Emirates Team New Zealand

 

 

〈ホロヌク〉とアシュビーを含むETNZの陸上スピード記録挑戦チームは、オーストラリア大陸南部の塩湖、ガードナー湖で、スピード記録挑戦の気象条件が揃うタイミングをもう何週間も待っているのだが、本来この時期は乾いた塩の平原になっているはずのガードナー湖が、異常気象による多雨のために深い水溜まりができたり、ぬかるみになったり。やっと乾いて、強風が吹くのを待っていると、その風とともにまた雨が降ってきたり。当初は落ち着いて待つ構えを見せていたアシュビーも、これだけ計画が遅れると本来の彼の仕事である次回ACへの準備プログラムに差し障りが出始め、焦りが見えるようになってきた。 

どのタイミングでこの計画を諦め、アシュビーをオークランドに呼び返すか、チーム首脳陣の判断が重要になりつつある。 

 

 

 異常気象のために水が引かないガードナー湖でテストを繰り返している〈ホロヌク〉とそのサポートカーのトヨタのランドクルーザー最新モデル 

photo by Emirates Team New Zealand

 

(文=西村一広)

 

※本記事は月刊『Kazi』2023年1月号(2022年12月5日発売)に掲載されたものです。バックナンバーおよび電子版をぜひ 

 

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西村一広

Kazu Nishimura

小笠原レース優勝。トランスパック外国艇部門優勝。シドニー?ホバート総合3位。ジャパンカップ優勝。マッチレース全日本優勝。J/24全日本マッチレース優勝。110ftトリマランによる太平洋横断スピード記録樹立。第28回、第30回アメリカズカップ挑戦キャンペーン。ポリネシア伝統型セーリングカヌー〈ホクレア〉によるインド洋横断など、多彩なセーリング歴を持つプロセーラー。コンパスコース代表取締役。一般社団法人うみすばる理事長。日本セーリング連盟アメリカズカップ委員会委員。マークセットボットジャパン代表。 

 


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