初めてアメリカズカップを現場で観みて以来約30年、その間、ニッポンチャレンジのセーリングチームに選抜されるなどしながら、日本のアメリカズカップ挑戦の意義を考察し続けるプロセーラー西村一広氏による、アメリカズカップ考を不定期連載で掲載する。新時代のアメリカズカップ情報を、できるだけ正確に、技術的側面も踏まえて、分かりやすく解説していただく。本稿は月刊『Kazi』11月号に掲載された内容を再集録するものだ。(編集部)
(※タイトル写真=©2022 AC37 Event Limited | AC40クラスのトランサム。ジュニア用のスキフとして世界中に普及し始めたオープンスキフ・クラスのトランサムを彷彿とさせる、まさしく次世代のためのヨットだ)
次回第37回アメリカズカップ(以下、AC)の付帯イベント、ユースACとウイメンズACに、その開催地であるスペインのバルセロナから挑戦するチームが発足した。そのチームの名前はセールチームBCN(SailTeam BCN)。バルセロナヨットクラブの所属チームとしてバルセロナ港内に拠点を置き、2024年晩夏にそこで開催されるその二つのイベントに向けてチーム活動を開始する。
セールチームBCNの活動計画によれば、まずは、その二つのイベントで使われるAC40クラスを2隻を発注する。そして、チームを構成する選手の選考に取り掛かる。その、選手募集方針は、
①ユースACとウイメンズACの基準をクリアする年齢。
②あらゆるジャンルのアスリートすべてを対象。
③公平で、透明性のある選考方法。
④スペイン全土から募集する。
というもの。
そしてユースACとウイメンズACの両方で優勝することを当面の目標とするが、このチームは、さらにその先にも大きな目標を掲げている。それは、このチームを2024年のその二つのイベント以降も存続させ、その先のACにバルセロナヨットクラブから挑戦するチームそのものに発展させていく、というものだ。
大人のセーラーたちが、若いセーラーたちの将来を見据えてキチンと行動してくれる国の次世代セーラーたちは、こういう機会に恵まれるのである。極東某国の大人のセーラーとして、深く恥じ入ります。
ユースACとウイメンズACに挑戦するセールチームBCN(SailTeam BCN)のホームページ
そのユースACとウイメンズACにも使われるAC40クラスの0号艇が、マコナギーボート中国から船便でニュージーランド北島の港町ワンガレイに先月届き、そこからエミレーツ・チームニュージーランド(以下、ETNZ)のボートヤードに運び込まれた。
その施設内で、ETNZの担当グループが、そのAC40クラスにフォイルアームとそのメカトロニクスやラダーを艤装して、マストステップ、チェーンプレート、トラベラー、メインシート、ジブシートなどにセーリング中に想定される荷重を掛けて、各部の強度が設計通りであることの確認作業を行った。
その中には、フォイルアームや船体にフォイリング中に掛かる荷重を加えた状態でタッキングやジャイビングのフォイルアームの動作テストを100回、200回と繰り返す作業も含まれた。それらのテストを経て、実際に海に浮かべて曳航試験を行ったあと、9月第3週にAC40クラスは見事な初セーリング&フォイリングを披露した。
ネイサン・アウタリッジのステアリングの元、セーリングテスト初日にフォイリングタックとフォイリングジャイブも含めて成功させたAC40(左)と、それをサポートするゼロエミッション・ボート〈チェイスゼロ〉
photo by SailTeam BCN
初公開されたAC40クラスの右舷側コクピット。これまで多くのセールボートではセールを扱うクルーが前、ステアリングするスキッパーは後ろ、というのが常識だったが、AC40ではスキッパーが前に乗る。考えてみれば理にかなっている
©2022 AC37 Event Limited
ほかの挑戦チームに先駆けて、この8月からバルセロナで活動を始めたスイスのアリンギ・レッドブルレーシング(以下、ARBR)だが、ETNZから購入した第1世代のAC70クラス艇〈ボートゼロ〉が、その最初のセーリングテストの当日に、横倒しになってしまう事故が起きた。その日、8月31日の午後に熱波のバルセロナで発生した強烈なサンダーストームに、〈ボートゼロ〉は海上でのテスト中に遭遇してしまったのだ。風速は40kt前後まで上がり、一説にはバレンシアオレンジくらいの大きさ(本当か!?)の雹(ひょう)も降ったという。
ただ、〈ボートゼロ〉が横倒しになったのは、サンダーストームの発生を見て、急遽海上テストを中止して、ダブルスキンのメインセールを急いで降ろし、港に逃げ帰るためにテンダーに曳航されているときのこと。〈ボートゼロ〉は強い横風に押し倒されるかたちでゆっくりと倒れたため、クルーや艇体に大きな被害はなかったという。しかし横転の際に、左舷に装着していたフォイルがテンダーに接触してダメージを受けたという情報もある。このフォイルは、ARBRが米国のアメリカンマジックから購入したアンヘデラルタイプのフォイル(下向きのハの字型フォイル)である。
この事故を経験して、ARBRのオペレーションチームの学習曲線は一気に急上昇したに違いない。
テストを中断してサイドトウで(テンダーで横抱きして)曳航し始めたところで嵐が到達し、最初の横転。そして引き起こし作業中に今度は反対舷に横転したという。夏のバルセロナの気象予報の難しさを、他チームも認識することになった
©2022 AC37 Event Limited
初セーリングテスト日にストームに遭遇して転覆したARBRの〈ボートゼロ〉。右舷側にETNZ製フォイル、左舷側にアメリカンマジック製フォイルが装着されている
©2022 AC37 Event Limited
(文=西村一広)
※本記事は月刊『Kazi』2022年11月号(10/5発売)に掲載されたものです。バックナンバーおよび電子版をぜひ
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西村一広
Kazu Nishimura
小笠原レース優勝。トランスパック外国艇部門優勝。シドニー?ホバート総合3位。ジャパンカップ優勝。マッチレース全日本優勝。J/24全日本マッチレース優勝。110ftトリマランによる太平洋横断スピード記録樹立。第28回、第30回アメリカズカップ挑戦キャンペーン。ポリネシア伝統型セーリングカヌー〈ホクレア〉によるインド洋横断など、多彩なセーリング歴を持つプロセーラー。コンパスコース代表取締役。一般社団法人うみすばる理事長。日本セーリング連盟アメリカズカップ委員会委員。マークセットボットジャパン代表。
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