初めてアメリカズカップを現場で観みて以来約30年、その間、ニッポンチャレンジのセーリングチームに選抜されるなどしながら、日本のアメリカズカップ挑戦の意義を考察し続けるプロセーラー西村一広氏による、アメリカズカップ考を不定期連載で掲載する。新時代のアメリカズカップ情報を、できるだけ正確に、技術的側面も踏まえて、分かりやすく解説していただく。本稿は月刊『Kazi』12月号に掲載された内容を再集録するものだ。(編集部)
※メインカット写真=photo by Emirates Team New Zealand | AC40クラスの操縦法の基本を語るネイサン・アウタリッジ
第37回アメリカズカップ(以下、AC)に挑戦するイタリアのルナロッサ・プラダ・ピレリ(以下、LRPP)の全長12mテストボートが、サルディニア島カリアリにある彼らの基地で進水した。このチームを率いるパトリッツィオ・ベルテッリの奥様でありファッションデザイナーであるミウッチャ・プラダ女史が、これまでと同じように進水式でシャンパンを割って祝福し、〈ルナロッサ〉と名付けた。
第37回ACでレース艇開発用に造ることが可能なテスト艇は全長12m以下に規定され、そのless or equal to 12mという英語の頭文字から“LEQ12”と呼ばれる。挑戦者代表の英国イネオス・ブリタニアも、〈T6〉というコードネームを持つLEQ12を近いうちにスペインのマヨルカ島で進水させると噂されている。
LEQ12〈ルナロッサ〉は、LRPPが独自に10カ月前から開発を進めていたもの。第36回ACでLRPPの挑戦艇〈ルナロッサ〉は、エミレーツ・チームニュージーランド(以下、ETNZ)の防衛艇〈テ・レフタイ〉に敗れはしたが3勝をもぎ取った。防衛艇との性能差はごくわずかだった。その彼らの挑戦艇の性能を、彼らが正しいと信じる独自の方向にブラッシュアップしていくためには、ETNZからあてがわれるAC40クラスでは不十分で、かつ適さないと考えたチームボス、ベルテッリによってこのLEQ12〈ルナロッサ〉の開発が始まった。つまり、ベルテッリは単に“ファッション”でACに6度も挑戦し続けているわけではなく、本気で、オールドマグと呼ばれるアメリカ号杯をイタリアにもたらそうとしているようなのだ。
AC75クラスによってACを闘う各チームの設計陣は、その船体のことを、「単にリグとフォイルの間にあるエンドプレートに過ぎない」とよく表現する。しかし、その“単なるエンドプレート”が、テイクオフのタイミングや超高速フォイリング時の空力性能が もたらすわずかな差、つまり、フォイリングレースの勝敗を分けるデリケートな“綾”の部分で、とても重要な任務を負っていることは、前回の第36回ACの映像を観た誰の目にも明らかだ。
そんな重要なファクターの一つである船体デザインの開発を、防衛者からあてがわれたAC40なんかでやりたくない、というベルテッリの強い意志を、この派手なカラーリングのLEQ12〈ルナロッサ〉に見ることができる。ところで、LEQ12〈ルナロッサ〉のファッショナブルなカラーリングは、ミウッチャ・プラダのデザインなのだろうか?
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イタリアのサルディニア島カリアリにあるLRPPのベースキャンプで進水したLEQ12〈ルナロッサ〉。“エンドプレートに過ぎない”と揶揄されることもあるフォイリングヨットの船体部分だが、例えば旅客機の翼のエンドプレートのデザインは今でも進化し続けている。フォイリングヨットが高速化すればするほど無視できなくなる部分であることに疑いの余地はない
photo by Luna Rossa Prada Pirelli | Andrea Pisapia
LRPPが北半球イタリアの秋にLEQ12〈ルナロッサ〉を進水させた10月14日、本格的な春に入った南半球ニュージーランドのオークランド沖では、AC40クラスの0号艇のテストが、ピーター・バーリングとネイサン・アウタリッジのステアリングで進められていた。その日のオークランド沖は、23ノットのパフが混じる、次回ACのレース実施風速の上限に当たるコンディション。潮流も強く、波高は1.5mもあったという。
そんなコンディションの中、4時間のフォイリングテストが行われ、2度のノーズダイブをしたもののアクシデントにはつながらず、ボートスピードは45ノットを超え、風下へのVMGでは40ノットをマークしたという。
そのAC40クラスは、各チームのレース開発用として使われるだけでなく、ウイメンズACとユースACにも使われる。また、9号艇以降は、AC関係者以外の、一般の個人オーナーにも販売されることになっている。
AC40クラスの操縦法について、アウタリッジ自身が解説している動画がある。AC40の操縦に不安を抱くウイメンズやユースや、購入を検討する一般のセーラーに向けて、ということもあるのだろうが、ネイサンがいかにも簡単そうにAC40の操縦法を説明するその動画を観ていると、「オートパイロット・モードとやらを使えば、俺でもイケるんちゃうか?」と思えてくる。
左右前席のステアリングハンドルの左側にあるボタン群はオートパイロットへの微調整用、右側にあるボタン群はフォイルアームの上げ下げやカント角(左右角)調整用だという。後部席にはメインセール/ジブトリム用のボタン群、マストローテーションやヒール角度操作ボタンなどがあって、風上舷のクルーがメインセールトリムとマストローテーションなど、風下舷のクルーがジブトリムなどを受け持つ。
そのようにサラリと説明されると、AC40の操縦席にずらりと並ぶ、セーリングヨットらしからぬ不気味なボタン群にも親近感を覚えて、さらに詳しく知りたくなってしまう。ACの話題になるとなぜかおよび腰になる担当編集者をプッシュして、硬派なAC40特集をこのコラム内で早めに企画したいものです。
ドライバーズシートに座り、AC40の操船について解説するネイサン・アウタリッジ。動画はコチラ
前席でドライブ中のネイサン・アウタリッジ(あるいは、ピーター・バーリング)。座席はほとんど艇体の船底部にあり、左右2人、計4人の乗員たちは、フォーミュラカーのドライバーのような姿勢で頭だけをデッキから出してこの全長12mのフォイリングヨットをドライブする
photo by Emirates Team New Zealand
スターボードサイド後部操縦席、船体中央側。ここにあるボタン群でメインセールとジブのトリム関係と、マストローテーションとヒール角度をコントロール。ネイサンの指が動かしているのは、ヒールコントロールのジョイスティック
photo by Emirates Team New Zealand
(文=西村一広)
※本記事は月刊『Kazi』2022年12月号(11/5発売)に掲載されたものです。バックナンバーおよび電子版をぜひ
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西村一広
Kazu Nishimura
笠原レース優勝。トランスパック外国艇部門優勝。シドニー?ホバート総合3位。ジャパンカップ優勝。マッチレース全日本優勝。J/24全日本マッチレース優勝。110ftトリマランによる太平洋横断スピード記録樹立。第28回、第30回アメリカズカップ挑戦キャンペーン。ポリネシア伝統型セーリングカヌー〈ホクレア〉によるインド洋横断など、多彩なセーリング歴を持つプロセーラー。コンパスコース代表取締役。一般社団法人うみすばる理事長。日本セーリング連盟アメリカズカップ委員会委員。マークセットボットジャパン代表。
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