AC日記202305|第37回ACにペダル入力復活の動き

2023.05.17

初めてアメリカズカップを現場で観みて以来約30年、その間、ニッポンチャレンジのセーリングチームに選抜されるなどしながら、日本のアメリカズカップ挑戦の意義を考察し続けるプロセーラー西村一広氏による、アメリカズカップ考を不定期連載で掲載する。新時代のアメリカズカップ情報を、できるだけ正確に、技術的側面も踏まえて、分かりやすく解説していただく。本稿は月刊『Kazi』5月号に掲載された内容を再集録するものだ。(編集部) 

※メインカット写真|photo by Paul Todd / America's Cup | 昨年10月、片2人によるペダルシステムを搭載してテスト中のアメリカンマジックのAC75〈パトリオット〉 

 

 

 

 

いち早くSRAM社と契約したアメリカンマジック 

2024年10月開催予定の第37回アメリカズカップ(以下、AC)の制式艇となるAC75クラスver.2024では、ver.2021のクラスルールで禁止されていた足漕ぎペダルによるバッテリー充電システムの搭載が解禁される。 

フォイリング・カタマランAC50クラスが制式艇だった第35回ACで、十数年振りにカップを取り戻すことに成功したエミレーツ・チームニュージーランド(以下、ETNZ)は、クラスルールの盲点を突くようにして足漕ぎペダルシステムを秘密裏に開発した。 

そのシステムは、人体最大の筋肉である大腿筋のパワーを活用するだけでなく、その大腿筋のおかげで肉体労働から解放された手を使って、クルーの一人がペダルを漕ぎながらフォイリングをコントロールする余力を生み出した。そしてそれが、そのACにおけるETNZの大きな勝因の一つになった。 

次回第37回ACに向けてペダルシステムを導入する考えをいち早く明らかにしたのは、米国ニューヨーク・ヨット・クラブからの挑戦チーム、アメリカンマジックだった。アメリカンマジックは昨年夏の段階で、米国のSRAM社と技術提携契約を結んだことを発表した。SRAMは、日本が誇る自転車コンポーネントブランド「シマノ」と技術的にもシェア的にもしのぎを削る、ワールドクラスのブランドである。 

そしてアメリカンマジックは、SRAMとの契約発表からわずか2カ月後の昨年10月には前回ACのレース艇〈パトリオット〉に改造を加え、SRAMのコンポーネントで組み上げたペダルシステムによるテストを始めた。 

 

 

ヘルムスマンの前にフライト&セールコントローラー、その内側の二つのピットでそのための動力を大腿筋で注入し続けるサイクラー2人 

photo by Alex Carabi / America's Cup

 

 

スイスのアリンギもペダルシステムを採用へ

そして今年3月上旬。スイスのアリンギ・レッドブルレーシング(以下、ARBR)も、AC37に向けて足漕ぎペダル入力システム搭載の新艇開発を進めていることが明らかになった。それまで3週間近く艇庫の中に隠されて、何らかの作業が進められていた彼らのAC75〈B1 〉(元ETNZの〈テアイヘ〉)のデッキレイアウトが、大きく様変わりしていたのだ。クラスルールによって、AC75のハル部分に改造を加えることは禁止されているが、デッキを改造することに制限は一切無い。 

〈テアイヘ〉だった時代、〈B1〉はタッキングジャイビングの度にヘルムスマンを含む3人が左右舷を走って入れ替わるデッキレイアウトだったが、改造後のレイアウトはクルーがそれぞれの舷から動かないレイアウトになった。 

それぞれの舷の外側前方にフライト&セールコントローラーのピットがあり、その後ろにヘルムスマンピットがある。そしてその内側に二つのピットがあって、ペダルによってフォイル関係の駆動とセールトリムのための動力を注入するシステムがその中にあるようなのだ。セーリング中にそこで2人のサイクラーがペダリングしている様子は分かるが、そのシステムそのものはまだ明らかにされていない。 

イタリアのルナロッサプラダピレリや英国のイネオスブリタニア、そして防衛者ETNZも、それぞれのテスト用LEQ12でレース艇開発の最終仕上げの段階に入っているものと思われる。今年年始に正式エントリーを果たしたフランスのKチャレンジの情報がまったく入ってこないのが、少し気に掛かる。 

 

 

元ETNZの〈テアイヘ〉だった時代の〈B1〉のデッキレイアウト

photo by Alex Carabi / America's Cup

 

 

3週間かけて改造された〈B1〉のデッキレイアウト。こういうのって、すっごく楽しいだろうな。ACに関わり続けているセーラーたちが本当にうらやましい 

photo by Alex Carabi / America's Cup

 

 

ルナロッサ・プラダ・ピレリのLEQ12がテストしているアンヘドラルタイプ翼(左)と水平タイプ翼(右)。アームの喫水部は、前後コードが長い。抵抗が増えることよりも、別の大きなメリットがあるのだろうか 

photo by Ivo Rovira / America's Cup

 

 

ARBRがテストし始めた、水棲動物の尾鰭を思わせるエレベータ(ラダーの水平補助翼)。この複雑な造形を、旧来のヨット造艇技術で精密に成形することは、もはや不可能だと思われる 

photo by Alex Carabi / America's Cup

 

(文=西村一広)

※本記事は月刊『Kazi』2023年5月号に掲載されたものです。バックナンバーおよび電子版をぜひ 

 

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西村一広

Kazu Nishimura

小笠原レース優勝。トランスパック外国艇部門優勝。シドニー~ホバート総合3位。ジャパンカップ優勝。マッチレース全日本優勝。J/24全日本マッチレース優勝。110ftトリマランによる太平洋横断スピード記録樹立。第28回、第30回アメリカズカップ挑戦キャンペーン。ポリネシア伝統型セーリングカヌー〈ホクレア〉によるインド洋横断など、多彩なセーリング歴を持つプロセーラー。コンパスコース代表取締役。一般社団法人うみすばる理事長。日本セーリング連盟アメリカズカップ委員会委員。マークセットボットジャパン代表。 

 


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