
第38回アメリカズカップに向けて、王者エミレーツ・チームニュージーランドが防衛艇を進水させました。これまでのACの最大の見どころであった新艇開発合戦ですが、次回大会ではその様子が大きく変わります。その内容とは?
フランスチームには今が旬の超有望選手が加入するなど、5月のプレイベントを前にACに挑む各チームの動きが活発になってきました!
これらの最新事情を、プロセーラーの西村一広さんの解説でお届けします。(編集部)
◆タイトル写真
3月9日、NZのオークランド市内にあるETNZのコンパウンドのシェッドの中で、スポンサーやチームメンバーの家族を招待して、第38回ACバージョンに進化したAC75〈タイホロ〉が公開された。フォイリングACの世界では、船体の形よりもフォイル類とそのコントロールシステムが、艇の性能のカギを握るようになった
photo by Emirates Team New Zealand
艇体は旧艇を改造
3月の第3週、防衛チームであるエミレーツ・チームニュージーランド(以下、ETNZ)の第38回アメリカズカップ(以下、AC)防衛艇がNZ・オークランドで進水した。
ただ、正確に言うと、この防衛艇の艇体そのものは“新艇”ではない。
なぜなら、第38回ACでは、防衛艇、挑戦艇ともに、艇体そのものを新しく造ることは許されず、第36回と第37回のACで建造されたAC75クラスの艇体を使わなければならないからだ。

前回の第37回AC(2024年、バルセロナ)でのETNZ防衛艇AC75〈タイホロ〉。ピーター・バーリングとネイサン・アウタリッジの強力コンビがステアリングするETNZセーリングチームの卓越したセーリング技術とレース戦術によって、安定した性能と危なげのないレース運びを見せて、圧倒的な強さで2連続防衛を果たした
photo by Ricardo Pinto/America's Cup
なぜ第38回ACでは、前回の参加チームが新設計の艇体を造ることが認められないのか?
それぞれのチームの艇開発の費用を抑えることがその目的の一つだろうが、その理由は、経済的な根拠よりも“科学的”な根拠に重きを置いて説明されている。
その科学的な根拠とは、第38回ACの防衛チームETNZと挑戦者代表(英国チーム)が、第37回AC終了後に、そのACに参加した全チームのAC75クラスの性能を詳細に分析した結果、それぞれのチームで異なっていた船体形状の違いは、レース中の性能差にほぼまったく反映されていなかったというのだ。
つまり各艇の性能差は、フォイル、ラダーの位置、ラダー下端のエレベーターの形、そしてセールシェイプとそのコントロール方法の違い、そしてクルーの操縦能力の違いによって生まれたと分析されたという。
そして、少なくとも第38回ACでは、新しい艇体開発が認められないことになった。
新ルールに適合させた改造とは?
新しく船体を造ることはできないが、少なくとも第38回ACのために変更されたAC75の新クラスルールに旧艇を適合させる改造は必要で、そのためのものは認められる。
第38回AC用に改められたAC75クラスルールの大きな変更点は、以下の二つだ。
①:第37回ACまで、サイクラーと呼ばれる4人のクルーが足漕ぎグラインダーによって脚力で電力を供給していたシステムは撤去され、その代わりにバッテリーによる電気信号と機械(エレクトロメカニカル)装置によってセールとフォイルをコントロールする。
②:①の変更に伴って、サイクラー4人のポジションがなくなり、AC75クラスのセーリングクルーは8人から5人となる。この5人のうち、少なくとも1人は女性クルーでなければならない。この5人に加えて、ゲスト・レーサーと呼ばれるVIP1人が乗艇する。このゲスト・レーサーはもちろん操船やレースに関わってはならない。
この二つのルール変更によるAC75クラスの艇体の、第37回ACバージョンと第38回ACバージョンの外見上の大きな違いは、空力上の船型モディファイとデッキ上のピットの数(8から6へ)だ。
しかし、EM(エレクトロメカニカル)装置によるフォイルとセールのコントロールシステムが多用される艇体の内部は、現在の一般的な“ヨット”の艇内の概念とはかけ離れた様相を呈した光景になっているはずだ。
重要なフォイル開発
艇体の開発が抑制された分、新型フォイルそのものの開発と、そのコントロールシステム開発が、第38回ACにおける艇の性能のカギを握ることになる。
風が弱まっても相手より長くフォイリングを維持し、高速フォイリング時には相手よりも少ない抵抗によって艇速を上げることができるフォイルの開発。
そして、AC75クラスのフォイルにキャビテーションが発生する危険スピード(55kt周辺)を、レースを通して際どく攻め続ける超精密なフォイル操作技術。
それが、それぞれのチームの開発陣とセーリングチームに課せられた目標になる。
スペインの新星コンビがフランスと契約
現代のスペインセーリング界のスーパースター、ディエゴ・ボティン(1993年生まれ)とフロリアン・トリッテル(1994年生まれ)が、第38回ACの挑戦チームの一つ、フランスのKチャレンジに入団することが発表された。
2024パリ五輪49er級金メダルのディエゴ・ボティン(左)とフロリアン・トリッテル(右)がフランスのKチャレンジと契約した。Kチャレンジの挑戦艇は、〈タイホロ〉の設計図をETNZから購入して建造された。NZ、イタリア、英国、フランスチームに点在するここ最近のトップ49er級セーラーたちが次回ACで戦うことになる
©ROBERTDEAVES.UK
このビッグニュースで、第38回ACでのフランスチームの注目度は一気に高まることになるだろう。
ボティンとトリッテルは、ご存知の通り2024パリ五輪の49er級クラスの金メダルコンビだ。
2人が五輪金メダルを取った当時、競技セーリング界では、この2人がこの金メダルへの五輪レースがマルセイユで始まるわずか2週間前にはサンフランシスコにいて、SailGPのシーズン4(2023-2024)の年間チャンピオンの座を手にしていたことも話題になった。
パリ五輪の後には2人そろってSailGPスペインチームでの活動を続けているが、このコンビはその活動の合間に参加した2025年の49er級世界選手権で、49er級での1年ぶりのセーリングだったにもかかわらず優勝した。
ディエゴ・ボティンは、キールボート競技セーラーなら誰でも知っているスペイン人ヨットデザイナー、マルセリーノ・ボティンの甥っ子でもある。
第38回ACの最初の関連イベントであるAC40クラスによるプレリミナリーレガッタ(イタリア、サルデーニャ島カリャリ)が、いよいよ5月に迫ってきた。


2027年初夏にナポリで開催される第38回AC関連最初のプレイベントが、来月5月にイタリアのサルデーニャ島カリャリで開催される。第38回AC参加各チームはそれぞれAC40クラス2隻で参加し、1隻にはレギュラーチームが、もう1隻には女子&ユースの混成チームが乗る。予選は全艇によるフリートレースから始まる
photo by Lunarossa
(文=西村一広)

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西村一広
Kazu Nishimura
小笠原レース優勝。トランスパック外国艇部門優勝。シドニー~ホバート総合3位。ジャパンカップ優勝。マッチレース全日本優勝。J/24全日本マッチレース優勝。110ftトリマランによる太平洋横断スピード記録樹立。第28回、第30回アメリカズカップ挑戦キャンペーン。ポリネシア伝統型セーリングカヌー〈ホクレア〉によるインド洋横断など、多彩なセーリング歴を持つプロセーラー。コンパスコース代表取締役。一般社団法人うみすばる理事長。日本セーリング連盟アメリカズカップ委員会委員。マークセットボットジャパン代表。