英国サウサンプトン在住のセーラー、ソルト祥子さんから、海のない英国中部、バートンのセーリングクラブの楽しいレポートが届きました。月刊『Kazi』4月号に掲載された記事を再編集してお送りします(舵オンライン編集部)
渡英したばかりの頃からの友人で、8年前の転職を機に英国南部から中部ダービーへ引っ越したウォード・まりさん。今年から念願のセーリングを息子のロバート君と一緒に始めたという。しかし、海から最も距離のある英国中部でセーリングって?
ダービーで活動するバートン・セーリングクラブを訪ねました。
(※トップ写真|自然保護区内に位置する、養魚場であり釣り堀でありセーリング場でもあるフォアマーク貯水池。ファントム級のオープンレースで、いつもスロープにいるボランティアが出着艇のお手伝いをしていた)
サウサンプトンから車で北へ3時間。高速道路を降りるや、水資源豊かな中部では橋を渡ることが増えます。看板のあるゲートをくぐり自然保護区内にある約1.5kmの坂を上ると、クラブが位置するフォアマーク貯水池に到着。ウォード・まりさんが通うRYA(Royal Yachting Association)認定トレーニングセンターにもなっているバートン・セーリングクラブ(以下、バートンSC)のクラブハウスはフォアマーク貯水池の畔にあり、フォアマーク養魚場オフィスと一つ屋根の下に共存していました。クラブハウスにはカンティーン&ダイニングエリア、バー&ラウンジがあり、大きな窓からは水面一望!
この日はファントム級のオープンレースがあり、まりさんと息子のロバート君は早朝からカンティーン(カフェテリア)で予約制ランチを作るボランティアをしていました。クラブのキッチンは業者が担った時期もありましたが、今は元英国海軍の潜水艦シェフとして昼夜70~140人分の食事を切り盛りしていたリア・コモドア兼ハウス・コミッティー・チェアのメルさんがリードし、メンバーがケータリングを行っています。
大幅に伸びた利益は、クラブハウスの床新調やパワーボートなどの備品購入、トレーニングセンターのアップグレードに投資しているそう。もう一人のランチボランティア、ティムさんは505級フリートのキャプテンで、3週間前に英国南部で行われた505級の欧州大会のことや、トラッキングシステムがセーリングに導入されたのは2009年の505世界選手権で、SAP創始者の1人ハッソ・プラットナーが505乗りだったからだという逸話について熱く語ってくれました。話をすると手が止まるティムさんに、テキパキとランチ準備を進めるまりさんの厳しい視線が刺さっているのには、本人全く気付かないようでした。
バートンセーリングクラブのゲート
ゲートから約1.5km側道を上ったところにあるクラブハウス。途中、乗馬する人やキジ、リスに遭遇。シカやアナグマも出るそう。建屋は養魚場&釣り堀の事務所と一つ屋根の下にあり、共にフォアマーク貯水池の管理会社から許可を得て運営している。幼児用屋外プレイエリアも併設
雨水再利用、太陽光発電でサステナブルなトレーニングセンター。教室、トイレ、更衣室完備、テレビあり
この秋に購入した愛艇レーザーとクラブ艇トッパーを背景に、ウォード・まりさん(右)&ロバート君。2人とも1年ですごく上達していました!
新人ながらカンティーンで誰よりも手際よくランチ準備をするまりさん。料理長メル氏(右)の右腕
バートンSCには235人の一般、ジュニア、家族会員のほか、大学、スカウト、SeaCadetsなどのユース団体がグループ会員として所属しています。ピーク時間を控えたまりさんたちを後にボートヤードへ向かうと、スロープにはファントム・オープンの参加艇が続々と昼休みに戻ってきていました。若手2人が艇やレース頻度について話してくれましたが、ファントム級以外にも505級、フライングフィフティーン級、コンテンダー級などフリートがクラブにあるクラスのほか、メルリンロケット級やRSテラ級、モス級のオープンレースや地域大会もクラブでホストするのだそう。
ボートヤードの一角にはトレーニングセンターがあり、RYAのナショナルトレーニングスキームに沿ったディンギー&ウインドサーフィンや、パワーボート(小型テンダー)の操船講習が行われます。RYAのシラバス(講義要目)を、RYAインストラクターの資格を取得したクラブのメンバーがボランティアで教えており、メンバーは割引価格で、メンバー以外は通常価格で受講できます。
まりさんは最初、別の貯水池にあるレジャーセンターでRYAアダルト・ディンギー・レベル1を、ロバート君はRYAユース・ステージ1を履修しましたが、今夏からより家に近いバートンSCでそれぞれアダルト・レベル2とユース・ステージ2を履修し、居心地の良さに魅かれ入会を決意したそう。
まりさんのレベル2受講時には同期生が12人いて、そのうち11人がバートンにご入会。ロバート君も12歳になったらパワーボートレベル2の資格を取りたいと張り切っていました。
ファントム級オープンレースの昼休みに一旦帰着したスティーブ(左)&マット。1964年に誕生したこの艇は、時代がら、大柄な男性向けフィン級の小さめ版という印象。最長22時頃まで明るい夏時間には、クラブに在籍する8艇が毎水曜晩のクラブレースで熱い戦いを繰り広げる
RYAトレーニングセンターにもなっているクラブでは、イントラ資格を有するメンバーがユースおよび大人向けのディンギー&ウインドサーフィン講習を提供している。写真はユース講習修了書を手にする子どもたち
まりさんが履修したRYA Level2講習より。沈する時もクールに(笑)!?
バートンSCで活動しているラフバラ大学セーリング&ウインドサーフィン部の皆さん。シミュレーションスタンドを使用して練習中
クラブには、マイボートがなくてもクラブのピコ級やトッパー級で7歳から参加でき、乗り慣れてくるとダービーシャー州ユースセーリングの支援によりキールボート、マッチレース&チームレースなどのより広義で上級なトレーニングにも参加できる金曜晩のジュニアアカデミー、初級レベル修了者がインストラクターに手ほどきを受けながら練習する土曜午前の新人セーリング部もあり、初心者から上級者に至るまで、クラブのイントラや地域連盟のボランティアによる均一で質の高いサポートを受けながらセーリングを習得できる仕組みが整ってる様子でした。
午後からまりさんは愛艇のレーザー級で、ロバート君と私と娘たちはクラブのレンタルトッパーで出艇すると、水面の一部でファントム・オープンのセーフティカバーをしていたボランティア兼インストラクターが写真を撮ってくれたり、何度か沈した子どもたちのサポートをしたりしてくれました。親切なボランティアさんと思いきや、実はクラブのコモドア、カールさん。レースの表彰式では結果発表や賞品授与をしていました。
スロープには出着艇を手伝ってくれる人が誰かしらいて、クラブハウスに行けば必ずお茶を飲みながらお喋りできる人がいるのは体育会系の自分には部室みたいで居心地がよいと、まりさん。確かに、私が日本でヨットにハマったのも、そのようなコミュニティーに居場所を見出したからに違いありません(私は全く体育会系ではありませんが)。
英国のセーリングはRYAによって支えられているとばかり思ってきましたが、実際RYAは駆動部で、現場ではRYAの基準を満たす施設、イクイップメント、インストラクターといったインフラを備えたクラブやセンターが草の根の部分で普及を担っており、それらが相互に支え合うエコシステムこそがヨット人口の裾野を拡大し、世界トップクラスのセーラーを輩出する源泉になっているのだと気付きました。
1日を終えてまりさん宅にお邪魔すると、同じ貯水池の桟橋で日中釣りをしていた夫のリチャードさんと双子の娘シャーロットちゃんに合流。今はセーリングに食指が動かない2人ですが、いずれクラブに加入してパワーボートの資格を取ればセーフティボートのドライバーをしながら釣りができ、ヨットをせずとも家族にとってインクルーシブな週末を過ごすことができると、近い将来のプランをうれしそうに語ってくれました。
夕食を囲んでは、英国中部の豊かな水資源が中世からビール醸造や陶磁器生産の発展を促したこと、運河やカナルボートが多くそのためのマリーナもあることなど、南部では聞けないような地元ネタに花が咲きました。後から調べたら、まりさん宅から車で1時間以内に10以上のセーリングクラブが貯水池の畔やトレント河沿いにあることが判明。海辺でなくても池や河など水溜りがあればイギリス人はどこでもヨット遊びをするのだなと感心したのでした。
400艇は置けるディンギーパーク。足元は砂利と芝。傾斜やデコボコを整備せず、自然のままにが英国流? 上り角度が結構急で大変
掲示板に、貯水池でレースのマークに使用される常設ブイの配置図を発見。英国では既存のブイでレースをするのはスタンダード。風向によりどのブイを使ったコースになるか、レース前にアナウンスされる
日本料理からインド料理と、各国の本格的な料理が食べられるダービー周辺。子どもたちも大満足です
クラブハウスで用意したロールパンサンド。英国中北部ではHam Cob、Tuna Cobなどと呼ぶ
インド料理店「Lotus」は、Merciaというカナルボートのマリーナにあるおしゃれなレストラン
ダービーといえば「えび寿司」! ダービーに欧州拠点を置くトヨタの社長が直々に声をかけて、英国での営業を頼んだという伝説の板前による寿司店
5月に開催される、全国規模で体験セッションを提供するRYAのイベント、Push the Boat Outに参加した子どもたち
(文・写真=ソルト祥子、写真=バートン・セーリングクラブ、@cambridge.foodie)
(text & photos by Sachiko Suzuki Sault, photos by Burton Sailing Club, @cambridge.foodie)
※月刊『Kazi』4月号に掲載されたものを再編集しました。バックナンバーおよび電子版をぜひ
Sachiko Suzuki Sault
英国のヨット環境を体感したいと2004年に英国サウサンプトンに移住。育児が落ち着き、娘たちと共にセーリングに携わる時間を増やすべく、洗脳を試みる。本業は翻訳家、時々通訳。
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