月刊『ボート倶楽部』では、2019年から「フネのDIY術」という記事を連載し、東京ボート(埼玉県八潮市)のベテランスタッフの協力のもと、ボートに関するDIYの技術や船体に対する情報をお伝え中。今回は、2020年7月号に掲載した、「電食 アノードってなに?」から内容を抜粋してお届けします。
電食が起きる理由
ボートに関心のある人ならば一度は聞いたことがある「電食(でんしょく)」という言葉。もしなかったとしても、推進器のプロペラやドライブ部分が溶けたり、虫食い状態になっているのを見たことはないだろうか。
これが、すなわち電食だ。文字通り、電気的な原因による腐食のことで、気づかないうちにゆっくりと進行し、重大な事故をもたらす可能性のある、恐ろしい存在。今回は、そんな電食について考えていこう。
まずは、電食の原因について。
詳細な解説は省くが、電気的につながった状態の、異なる種類の金属を、電気を流す水溶液の中につけたとき、イオン化傾向の高い(イオン化しやすい)金属から、イオン化傾向の低い(イオン化しにくい)金属に電気が流れる。そのとき、イオン化傾向の高い金属は分解され、水溶液中に溶け出すことになるが、これが電食のメカニズムだ。こうした電食は、当然、さまざまな金属が用いられていて、水につかっているボートにも起こりうる。
学校でイオン化傾向について習うとき、異なる種類の純粋な金属を水溶液につけたシチュエーションで説明されるが、これはボートでよく用いられる合金においても、同様のことがいえる。
合金とは、さまざまな種類の金属が混ぜ合わさった状態のものをいう。つまり、1種類の合金が海水につかっているだけで、「電気的につながった状態」の「異なる種類の金属」が「電気を流す水溶液につかった状態」となるため、電食は起こる。また、特に合金の場合、見た目では気づかないうちに、内部で致命的な腐食が発生している可能性もある。その場合、金属なのに、ちょっと触っただけでぽろっと崩れてしまうようなことがあるため、ボートでは、必ず電食に対処する必要があるのだ。
溶けてボロボロになったアノード。通常、原形の3分の2のサイズになったら交換する
アノードの素材
ボートが、水の上を走り、金属を利用した乗り物である限り、電食をゼロにすることはできない。では、どうすればいいのか。そこで登場するのが、「アノード」だ。
アノードとは、犠牲陽極とも呼ばれるもので、その名の通り、ほかの金属の代わりに“犠牲になって”電食を引き受けてくれる物質のことだ。これをジンクと呼ぶ人もいるが、それは、アノードの多くにジンク=亜鉛が使われていたことに由来する。しかし、昨今では亜鉛以外のアノードが使われることも増えてきたため、すべてをジンクと呼ぶのは正確ではない。
前述した通り、電食はイオン化傾向の高い金属において起こる現象なので、通常、アノードにはイオン化傾向の高い金属が用いられる。
「亜鉛以外のアノードで代表的なものとしては、アルミニウムやマグネシウムが挙げられます。電食しやすい順番としては、マグネシウム、アルミニウム、そして亜鉛です。アノードのカタログページを見てみると、亜鉛は海水で、マグネシウムは川や湖水で、アルミニウムは、汚れた川や汽水域などで使うようにと書かれているものもあります。これは、海水より淡水のほうが電食しにくいため、淡水で使用されるボートにおいては、より電食しやすいマグネシウムを使ったほうがいいからです」(東京ボートのサービス部長、伊藤幸洋さん、以下同)
交換時期や設置箇所
アノードを確実に犠牲にして電食させるためには、より電食しやすい素材を使ったほうがいいように思えるが、そこには落とし穴も存在する。
「仮に、海水でマグネシウムを使ったとしましょう。マグネシウムは電食しやすい素材なので、すぐに犠牲になって溶けてくれますが、そのぶん、あっという間になくなってしまいます。アノードがなくなったことに気づかずに乗り続ければ、ボート側の金属が電食し始めてしまう可能性もありますよね。東京ボートでは、もしマグネシウムを使うような場面でも、念のため、アルミニウムも併用するような方法を提案しています。そうしておけば、仮にマグネシウムが早くなくなってしまっても、今度はアルミが代わりに電食されてくれるはずです」
なるほど、素材選定はそう単純ではないのだ。さらに、伊藤さんはこうも話す。
「例えば、同じ河川といっても、上流側なのか下流側なのかで塩分濃度には違いがあったりします。また、同じマリーナ内でも、川からの流入水で塩分濃度が低かったり、どのエリアによく遊びにいくかによっても変わります。極端な例をいえば、ボートのバウ側とスターン側でも電食の具合が異なることもあるはずです。なので、実際には、いろいろな素材を試しながら、それぞれに合った最適なアノードを見つけることが大切です」
したがって、アノードの交換のタイミングに関しては、前回のテーマでもある取扱説明書で、愛艇や船外機の交換時期を確認していただきたいが、上記のような理由から交換時期が大きく前後することは、十分にありうる。定期的な目視確認が大切だ。
アノードの設置箇所は、ボートやエンジン、ドライブの種類によって異なるが、メーカーやビルダーが指定する位置に設置するのが基本だ。また、それ以外にも、水につかっていて、かつ、電気的に独立した金属部分、つまりアノードが付いているほかの金属と電気的につながっていない箇所、にアノードを設置する。
もともとは指をさしている箇所にあったアノードを、プロペラ側に移動させた。高速で回転するシャフトの場合、アノードの設置箇所によってはブレなどが発生することがある
可動部のような箇所は、通電が弱いことがあるのでワイヤで金属同士を接続することがある。写真は、フラップの接続部分
もし、スペースなどの理由によりアノードが設置できないような箇所があれば、ワイヤなどを使って、電気的につなげる方法もある。
また、電気的につながっているように見えても、通電の度合いが弱いような場合は、両方の金属にアノードを設置することもあるという。
アノードを付けすぎるデメリットとしては、そのぶんコストが増すことと、設置箇所によっては、航走時に余計なスプレーが発生したり、艇のバランスが崩れることが考えられるが、よほどのことがない限り、気持ち多めに設置しておいたほうが安心できる、と伊藤さんは話す。
仮にアノードを多めに付けることで、数万円のコストが余分にかかったとしても、それでより高額なドライブ交換などの費用を免れるのであれば、安いといえるのではないだろうか。
アノードは、汚れにも注意する必要がある。定期的な清掃を心がけよう
(文・写真=BoatCLUB編集部)
※本記事は『BoatCLUB』2020年7月号から抜粋したものです。バックナンバーおよび最新刊もぜひご覧ください。
東京ボート
新艇・中古艇の販売や保管、メンテナンス関連部品の販売、ボート免許取得のための講習など、ボートに関する幅広い業務に携わる。
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