ニュースキャスターとしてテレビやラジオで活躍する辛坊治郎さん(64歳)が、2021年春、太平洋横断に再挑戦する。
2013年にアメリカ・サンディエゴ在住の全盲のセーラー、岩本光弘さん(ヒロさん)と二人乗りで挑戦するも、クジラに衝突、漂流して失敗。
それから8年。今回は一人乗りで大阪の淡輪から、アメリカ・サンディエゴを目指す。出航に向けて準備を進める辛坊さんに聞いた。
8年前のの挑戦~失敗の経緯については、こちらの記事を先にご覧ください。
辛坊治郎さん。1956年、大阪府出身。早稲田大学卒業後に読売テレビ放送に入社。報道局解説委員長などを歴任し、現在は大阪綜合研究所代表。テレビ、ラジオ番組の司会やニュース解説などで活躍していたが、今回の挑戦に向けて、その多くを降板した。セーラーとしては早稲田大学在学時にディンギーに出合い、大阪に戻ってからもシカーラ(ヤマハのディンギー)などでセーリングを継続。その後、エタップやアルバトロッサーといった20ft台のセーリングクルーザーを乗り継ぐ。
「もう一度」を語ることが、
漂流中の生きる力だった
大きな事故や恐怖体験をきっかけに、海やフネに近づくことをやめてしまう人もいるだろう。しかし、辛坊さんとヒロさんは違った。海が怖くなったりはしなかったのだろうか。
「それは私の死生観の問題かもしれません。僕は20代の頃から、どうせ人間はいつか死ぬ、と思って生きているんです。人間の死亡率は100%ですから、前回のことはトラウマにはなっていません」
大波の中を漂うライフラフト(膨張式救命イカダ)の中で、辛坊さんとヒロさんは、実は再挑戦の意志を固めていた。
「これはあまり話していないことなんですが、ヒロと二人で漂流中に、『さあ、次はいつ行こうか』みたいなことを話していたんです。それを話すこと自体が、生きる希望になっていたところがありますね」
救助された当日の夜に行われた記者会見で、辛坊さんは記者に「もういっぺん行きますか?」と問われ、「行きたいと言えるわけないじゃないですか」と答えている。
「それは、慎重に言葉を選んで、行く気持ちがあったからそう答えたのであって、行かないとは一言も言っていないんです」
その意志は、辛坊さんの行動に表れる。直後から、二人で太平洋横断に再挑戦するためのフネを探し始め、二人乗り前提で、現在の所有艇であるハルベルグ・ラッシー39〈カオリンV〉を手に入れる。
「再挑戦する気まんまんで、その年の9月にこのフネを買いました。前オーナーは、どうも世界一周に出ようとしていたらしいのですが、整備中に病気が見つかって亡くなられたそうです。2年くらい、大分のマリンピアむさしに放置されていたようです」
サイズは前回の28ftから大幅アップした。
「前回はまず、フネありきだったんです。間さんと比企さんが太平洋を横断したブリストルチャネルカッター28は、確かにいいフネなんですが、私のようなシロウトが乗るには正直、手ごわすぎるフネでした。間さんと比企さんは本当にすごい。それと、あれだけの放送機器を積み込むには、やはり小さいなというイメージでした」
太平洋横断再挑戦のために手に入れた愛艇〈カオリンV〉(ハルベルグ・ラッシー39)。艇名は奥様の名前に由来。
多忙のあいだを縫って、四国南側の外洋を通って大分から大阪に向かうなど、トレーニングを重ねてきた。「去年はさんざんマゼランとコロンブスの航海記を読んだので、太平洋横断中に天候が安定したら、海上で吉川英治の『三国志』を全巻読破しようと思っているんです(笑)」。
再挑戦を後押しした、
〈たか号〉佐野さんのその後
以前からの夢だった太平洋横断を、たった1回の挑戦ではあきらめない。その決意の裏には、ヒロさんとの約束のほかにも理由があった。
「大きなモチベーションになったのは、あの〈たか号〉で生き残った佐野三治さんが、今もヨットに乗っていると聞いたことなんです。その事実が、私の励みというか、発火剤になったんです。あの厳しい漂流をした佐野さんが乗っている、佐野さんに比べたらほんとうに自分のほうは小さな体験という意識がありました」
佐野三治さんは、1991年の年末、日本からグアムを目指すヨットレースに参加中に、乗っていた〈たか号〉が転覆し、ライフラフトで約1カ月漂流した後、英国船籍の貨物船に救助された。通信手段はなく、その間に、ラフトに乗り込んだ6人の仲間は一人また一人と亡くなり、最終的に生き残ったのは佐野さんだけという、壮絶な経験をしたセーラーである。このジャパン~グアムヨットレースでは2隻が転覆し、死者と行方不明者合わせて14名を出す大事故となった。
辛坊さんと佐野さんは面識はないが、人づてに聞いた佐野さんの話が、辛坊さんを勇気づけることになった。
(つづく)
出入国時に国旗を掲揚するためのハリヤードを設置中。フネの各部の状況を把握するため、できるだけ自分で作業をするように心がけているとのこと。
(文・写真=Kazi編集部/中島 淳)
※このインタビューの内容は、月刊『Kazi』2021年5月号(4月5日発売)の掲載記事から抜粋したものです。ご興味のある方は、全国書店またはこちらからお求めいただけます。
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