辛坊治郎さんの太平洋横断も全航程の70%をクリアし、いよいよ大詰めを迎えている。
本サイト「舵オンライン」では、そんな辛坊さんの応援企画として「辛坊治郎さんのアメリカ到着予想クイズ」を5月25日からスタート。すでに300人以上から応援メッセ―ジとともに、回答が寄せられている。サンディエゴ到着までの残りの距離が1,000海里(約1,852km)を切ったところで締め切りとなるので、忘れずにご応募いただきたい。
さて、そのクイズに答えるにあたり、どうやって予測していけばよいのか。単純にいえば、残りの距離を平均速度で割って、かかる時間を算出する。例えば、残り1,300海里で、平均速度を5ノットと考えたら260時間(10日と10時間)ということになる。
ただ、途中で風がなくなることもあるだろうし、嵐に遭遇する可能性だってゼロではない。天候の変化を見込んで、遠回りすることもあろうし、エンジンで一気に走ることもあるかもしれない。そのあたりが難しいところだ。
そこで、舵オンラインの4月27日付の記事「気象予報士セーラーが解説/辛坊治郎さんの太平洋横断」を執筆いただいた田口裕介氏に、最新のツールを使いながら予想してもらうことにした。ぜひ、クイズ応募の際の参考にしていただきたい。(舵オンライン編集部)
■ヨットの最速コース
辛坊さんのこれまでの航跡を見ると、サンディエゴに向かって一直線とはなっていない。これは、ヨットの特性によるものだ。
ヨットは風上に向かって左右45度ほどの範囲の方向には進むことができない。サンディエゴ方向から風が吹いている場合には、直接そこに向かうことはできず、45度程度、左右どちらかにずらした方向に走ることになる。また、風が弱いときには、風上に向かって約45度の角度で走るのもつらくなる。45度ではほとんど船は止まってしまい、60度程度まで落として走る必要が生まれる。
一方、真横より後ろから吹いてくる風ならどうかというと、今度はセールの表面を風が流れていかなくなる。推力を生むことができなくなるのだ。セール(帆)を後ろから押してもらうことで船は進むが、セールの表面を流れる風で得た推力に比べると、その力は非常に小さいのだ。そこで、おおよそ風に対して135度程度くらいまで船首を向けて走ることになる。
スピンネーカーという風下航路用のセールを使えば、135度を超える角度でもセールに風に流して、速いスピードを得ることができる。しかし、このセールを揚げるためには人手が必要だ。一人で上げることは不可能ではないが、なかなか厳しい。辛坊さんは、スピネーカーは使っていないようだ。
このようにヨットは、やむを得ず目的地と違う方向に進まざるを得ないケースがある。加えて、気象条件を考慮して、積極的に目的地以外の方向に進路を取ることもある。
ヨットは、風速が強いほうが(ある程度の風速までだが)、速いスピードで走ることができる。目的地に向かってまっすぐのコース上が風が弱いエリアであるならば、遠回りしてでも風が強いエリアを走ったほうが、目的地に早く近づくケースが多々あるのだ。また、風上に向かって走るよりも、風を横から受けるほうがスピードが上がるので、風向の変化も考慮することが必要だ。
■ポーラーダイヤグラム
自動車であれば、たとえば最高速度300km/hといった表現が可能だ。ヨットの最高速度は、風向と風速によって変化するので単純ではない。
そこで、ヨットでは「ポーラーダイヤラム」というグラフで、その艇が持つ帆走性能を表現することが多い。下の図は、辛坊さんが乗るハルベルグ・ラッシー39のポーラーダイヤグラムだ。
円の中心から放射線状にひかれた直線が、風に対する角度を表す目盛り。円形の曲線が艇速の目盛りで、一番内側の円が3ノット(kn)、もっとも外側の円が9ノットを示している。
その図の上には2種類のラインがひかれているが、このうちチェックしたいのは「Without spinnaker」(スピネーカーなしの場合)のほう。
内側から順に風速6ノット、8ノット、10ノット・・・20ノットの場合まで、風速に応じたパフォーマンスが表示されている。いちばん外側は風速20ノットのときのパフォーマンスだが、風向60度の時は艇速は7.5ノット、風向75度の時の艇速は8ノット弱、風向90度の時が最もスピードを出すことができ、8ノット強であることが読み取れる。
■ウェザールーティングアプリ
風向や風速に対する艇のパフォーマンスと今後の気象予報からシミュレーションを行って、目的地までの適切なコースを算出してくれるのが「ウェザールーティングアプリ」というものだ。ここでは、「Predict Wind」という有料アプリ(ウェブ/Android/iOSに対応)を使って、辛坊さんの現在位置から、サンディエゴ湾の入り口にあるロマ岬までの最速ルートを求めてみることにした(2021年5月30日15時30分に実施)。
まず、ポーラーダイヤグラムで風向・風速に対する艇速を入力する。ポーラーダイヤグラムは、性能(パフォーマンス)を100%発揮したときの艇速を示している。筆者のチームがフルクルーでレースする場合で、だいたい90%くらいのパフォーマンス。辛坊さんはシングルハンド(単独航海)であることに加え、のんびりと楽しんでいらっしゃる様子なので、平均70%のパフォーマンスで走ると仮定しよう。
5月30日15時30分時点の辛坊さんのヨット〈カオリンV〉の位置は、北緯41.92度/西経145.97度(北緯41度55.2分/西経145度58.2分)。この位置を入力して、計算させた結果が下の図だ。
まっすぐな黄色の線(一番上)が大圏コースで、これは地球が丸いことを考慮した最短コースだ。
そして全部で6種類の気象モデル(気象予報)に応じた計算結果のコースが、色別に描かれている。気象モデルというのは、予報を算出する際のシミュレーションモデルで、計算方法と理解してもらえばよいだろう。さまざまなモデルが開発されているが、圧倒的に正確なモデルはいまだに出現しておらず、いくつかのモデルによる予報を見比べて検討することが一般的だ。
結果を見ると、全体の4分の1ほどのところで、モデルによる大きなばらつきが見られる。この部分は、どのモデルも「微風」を予想している。微風というのは、風を生む強い力がないということ。ちょっとしたモデルの差により、風向、風速の予報がばらつく傾向がある。したがって、算出される最適コースもばらついているというわけだ。
ECMWF(欧州中期予報センター)のモデルによるシミュレーションを動画にしてみた。
詳細は、ぜひ上の動画をご覧いただきたいが、現在は前線の前面のいい風の中を快走しているものの、軽風域を伴った前線が追いついてきて、次第に風速が落ちていく。6月2日ごろには、無風域にどっぷりとつかまってしまうことが予想される。2日間ほど、この無風域で動かない時間を過ごすが、6月4日ごろには高気圧の風が入り始め、〈カオリンV〉にとって一番速度が出る横風で南東に快走できるはず。サンディエゴより南に向かってしまうが、横風のまま快走していると、北米大陸の影響を受けて左回りに変わる風が、横風のままの〈カオリンV〉をサンディエゴへ運んでくれるというシミュレーションだ。
■ズバリ! アメリカ到着日時を予想
下の画面は、ルーティングの結果を表にしたものだ。
6種類の気象モデルそれぞれに、平均速度、実際に走る距離、期間中の最大風速、平均風速などの情報がまとめられている。
さて、到着予想クイズが実施されていることもあり、到着日が気になる方も多くいらっしゃることだろう。この表の中の「Finish Time」が、まさにそれだ。最も早いのは、UKMOのモデルを使った場合の「6月14日10時54分(日本時間)。一方、最も遅いのは、PWEのモデルを使った場合の「6月15日12時03分」となっている。
繰り返すが、このアプリによるシミュレーションは、
・気象予報がばっちり当たる
・辛坊さんがこのルートをたどる
・常に艇の性能の70%を引き出して走る
という前提での予測結果だ。2週間も先の気象予報がバッチリ当たるなんてことは、そうはないことだが、みなさんが到着日時を予想する際の一つの材料としていただければと思う。
筆者は関係者なので応募できないため、無責任かつ気楽に予想させていただくと・・・辛坊さんのサンディエゴ到着は日本時間の6月17日。
シミュレーションより遅いが、水や食料はまだたっぷり積んでおり、船が重たいために70%の艇の性能を発揮できないだろうということ。
これまでの傾向から、無風域のスピードはより遅いだろうこと。
風が入り始めてからは、サンディエゴへ進路を向けられる風向なので、最適コースと異なる最短コースを取るだろうこと。
初めての港への夜間入港は怖いので、最後は明るい時間の入港できるよう調整するだろうこと。
これらの理由で、シミュレーションより余分に時間がかかると読みました。
不安要素は、エンジンによる機走。燃料がたっぷりと残っていれば、残りの航海のために残しておく燃料のメドも立つので、無風域はエンジンで乗り切っちゃうだろうこと。無風の中で丸一日エンジンを使うと、到着は丸一日早まります。そうなると、まったく予想は外れちゃいます。
偉そうに解説しといて、全然違ったら、心おきなく笑ってやってください。ヨットの読みは難しいんです・・・。
(文=田口裕介)
※辛坊さんの関連記事は、現在発売中の月刊『Kazi』2021年6月号にも掲載しています。ご興味のある方は、全国書店またはこちらからお求めいただけます。
辛坊治郎さんの太平洋横断チャレンジを応援しよう!
古野電気の特設ウェブサイト
https://www.furuno.com/special/jp/shinbo-challenge/
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