■それぞれのホーン岬
1月2日 13:42(UTC)(日本時間 1/2 22:42)に、先頭のヤニック・ベスタベン(47歳/男性/フランス)の〈Maître CoQ IV〉がホーン岬(Cape Horn)を通過し大西洋へ出る。
以降、続々と続き、この原稿を書いている日本時間1月8日時点では、14位のロマン・アタナシオ(43歳/男性/フランス)〈PURE - Best Western®〉までがホーン岬を通過した。
今回は、ヤニック・ベスタベンを始めとしてホーン岬初回航の人が多い。
航海の難所として知られるホーン岬だが、地理的にも、ホーン岬の経度(西経67度16分)は国際水路機関が定めた太平洋と大西洋の境界となる。
記念すべき要衝なのだ。
各自がホーン岬通過時には艇上で記念撮影をしているが、これが5回目のヴァンデ・グローブ出場となるベテランのジャン・ルカム(61歳/男性/フランス)あたりになると、なにやら修行僧のような境地で語る。
どうやら彼からすると、西経67度16分を通過したことよりも、その後北上を開始しホーン岬の "緯度" を通過したことの方が意味深いようだ。
大西洋に入ったというよりも、極寒の南緯50度帯を抜けて北上するということは、ここからどんどん暖かくなっていくということだから。
ホーン岬を2番目に回航した〈APIVIA〉。1月4日には、英領フォークランド諸島(ホーン岬を回った先の北東に浮かぶ)に拠点を置く英国空軍の航空機から、大西洋を北上する同艇の姿が撮影された
photo by Cpl Phil Dye / BFSAI
■第4幕は混沌の海
最新 1月7日21:00(UTC)のポジションはこちら。
かつてないほどの混戦となっている。
先頭の〈Maître CoQ IV〉はいいとして、先行3艇衆の残るシャルリー・ダラン(36歳/男性/フランス)の〈APIVIA〉とトマ・ルイヤン(39歳/男性/フランス)の〈LinkedOut〉の2艇は、なんでまたこんな岸寄りを走っているのか。
理由は、こちら。
上図は、1月4日21:00(UTC)のポジションだ。
前方に大きな無風域が広がり、〈Maître CoQ IV〉は沖のアイスゾーン沿いを抜けようというところ。
〈APIVIA〉はここで、岸寄りから軽風域を交わそうと北西へ針路をとる。
この後、この無風域は高気圧となって東に移動、〈Maître CoQ IV〉はうまくすり抜けて前に出ている。一抜けという感じ。
上図は、最新(1/7 21:00)のトラッキングマップを、引きの目線で見たところ。
岸寄りを選んだ〈APIVIA〉と〈LinkedOut〉は、追走集団に追いつかれそうだ。
トマ・ルイヤンは、自らギャンブラーと語っているが……。
さて、この後はどうなるのか。
追走集団は、高気圧から吹き出す風の中をアップウインドで走り、これがリフト──つまり、風は右に振れていき、どんどん前に出ていきそう。
そして下図は、24時間後(1/8 2100)の風向風速の予想を、最新(1/7 21:00)のポジションに重ねたもの。
赤い点線は24時間後の追走艇団の予想位置。
岸沿いの低気圧が、沖から前に出た追走集団の後ろを通り、ダウンウインドとなるか。
となると、岸沿いを選んだ先行2艇(〈APIVIA〉、〈LinkedOut〉)に追いつき、追い越すケースも考えられる。
さらに24時間後(1/9 2100)の予想はこちら。
このあたりになると、さらに後続のアルメル・トリポン(44歳/男性/フランス)の〈L’OCCITANE EN PROVENCE〉が、低気圧に吹き込む南風を追っ手に受けて追いついてくるかも。
そこからさらに24時間後。今から72時間後(1/10)の予想図はこちら。
このくらい先になると、風向・風速の予想はあまりあてにならないかもしれないが、それほどこの先は大きな罠とチャンスがあちこちにあるということ。〈Maître CoQ IV〉はそれまでトップを維持し続け、一足先に貿易風帯に入ることができるのか。
往航の第2幕、南大西洋南下レグでもここでの混沌とした風に悩まされたが、第2幕と違うのは、ここまで2カ月走り続けた各艇は、それぞれなんらかのトラブルを抱えているということ。
応急修理で済ませ、フル・ポテンシャルを出せない艇。あるいは海上で完全に修理しフル・ポテンシャルで走れるようになっても、修理の際にロスした "距離" というハンデを負っている艇。
それぞれ異なる状況におかれた先頭艇団各艇は、ここから勝負の3日間が始まる。
■極寒から暖へ
後続艇団の中で走り続ける白石康次郎の〈DMG MORI Global One〉にとっても、ここからの数日は、ホーン岬を目指すという意味で勝負の数日となるはず。
そして、この後続艇団の先頭まで出られれば、総合で15位か16位というところまでいけるはずで……。
2021年を太平洋上で迎えた白石康次郎。1月8日現在、ホーン岬まで2,000マイル弱
photo by Kojiro Shiraishi / DMG Mori Global One
この後、大西洋を北上するということは、どんどん暖かくなるということ。南半球は夏の盛りなんだから。
しかしその後、赤道を越えれば、今度は真冬の北半球となる。フィニッシュ地のレ・サーブル・ドロンヌは北緯46度30分と、日本でいえば北海道のさらに北に位置する。真冬のオホーツク海を走るようなもので、これは夏の南大西洋とはまた別世界、別のステージ、ヴァンデ・グローブ第5幕といえる。
ということは、
その前の第4幕──南大西洋の北上──は、体を休められる "暖" ステージであるが、戦略的なジャンプアップが望める "熱い" ステージでもあるはずだ。
(文=高槻和宏)
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高槻和宏(たかつき・かずひろ)
1955年生まれ。神奈川県在住。ヨット、ボート、カヌーなど、ジャンルを問わず海を遊ぶマリンジャーナリスト。月刊『Kazi』の人気筆者として、長年さまざまな記事を手がける。『虎の巻』シリーズ、『ヨット百科』など、ヨットに関する著作多数。