風よりも速い!風速の4倍で走るヨットレース。バーリング、アウタリッジの偉業に迫る/第37回 アメリカズカップを振り返る。王者の軌跡(後編)

2025.04.08

ピーター・バーリング、ネイサン・アウタリッジという若くそして老練な2人のスーパーセーラーによって防衛された第37回アメリカズカップ。ロイヤル・ニュージーランド・ヨット・スコードロン代表艇〈タイホロ〉が英国の挑戦者ロイヤル・ヨット・スコードロン代表艇〈イネオスブリタニア〉を7勝2敗という圧倒的なスコアで破り、2大会連続で防衛を果たした。王者はいかにして銀杯を守り抜いたのか。プロセーラーの西村一広さんに振り返ってもらったAC総集編、その後編(編集部)。

※前編はコチラ

 

◆メインカット photo by Ivo Rovira / America’s Cup | アメリカズカップは再びNZオークランドのロイヤル・ニュージーランド・ヨット・スコードロンのカップルームに戻ることになった。エミレーツ・チームニュージーランドは防衛記録をさらに伸ばすことを目指す

 

ときに風速の4倍を超えるスピードで走るフォイリング(水中翼で浮いて走る)艇、AC75クラスは、風下航でも見かけの風は前に回るため、そのレグでも先行艇が後続艇をブランケットに入れることができる。バルセロナ沖の陸風ではコースの右サイドが有利と判断した防衛艇は、ダウンウインドでもそのサイドを使ってリードを広げる場面が多く観られた

photo by Ricardo Pinto / America's Cup

 

防衛艇が他より優れていたものの一つであるメインセールトリムシステムが、セール後端部とデッキ下に隠されている。練習中はクルマの自動運転に使われるレーザー光センサーLiDAR(Light Detection And Ranging)でセール形状を正確に可視化した

photo by Ricardo Pinto / America's Cup

 

2隻のフォイルを見比べてみる。直線的なリーディングエッジを特徴とする防衛艇(手前)に対し、ガルウイング(カモメの翼)的な上下形状を特徴とする挑戦艇。グレン・アシュビーの動画解説を聞いていると、面積は防衛艇のほうが少し小さいらしいが、フォイルの差云々よりも、挑戦艇はラダーストラットの形状に何らかの問題を抱えていたらしく、その部分がストール(剥離)を起こしてフォイリングが不安定になる場面が何度か観られた

photo by Ricardo Pinto / America's Cup

 

若く老練な王者として

今回のアメリカズカップ(以下、AC)の防衛者としてのエミレーツ・チームニュージーランド(以下、ETNZ)には、王者にふさわしい風格が感じられた。セーリングチームのピーター・バーリング、ブレア・テューク、アンディ・マロニーの3人にとっては、2017年以来3度目のAC戦である。この3人は2013年の第34回ACのユースACで優勝も果たしていて、それも加えるとACの重圧を経験するのは4度目のことになる。

つまりこのチームは、1980年代にACルーキーだった若いNZチームをひねり潰した米国チームと同等の熟練ACチームへと成長していた。しかもこの大会からは、49er級やモス級でバーリングやテュークのライバルであり練習パートナーでもあったネイサン・アウタリッジがこのチームに加わった。

アウタリッジもスウェーデンチームのスキッパーとしてACを2度経験している。2017年の第35回ACでは挑戦者決定戦の決勝でバーリングとの接戦も演じた。ETNZ首脳部は、若さと才能だけでなくACでの豊富な経験も備えた4人のセーリングチームを作ることに成功していたのだ。

 

王者の勝ち方

そのアウタリッジが、オリンピック金メダルを二つ持つ英国のヨッティングジャーナリストのシャーリー・ロバートソンに語ったところによると、ETNZの開発チームが〈イネオスブリタニア〉とのレースをシミュレーターで予測した結果は、どのコンディションでも30分のレースで、フィニッシュラインでの差は5秒以下だったという(どちらが速かったかは言及していない。当然だろう)。

そこで彼らETNZセーリングチームはどうしたか?

コーチのレイ・デイヴィスによれば、彼らセーリングチームは、(風のシフトタクティクスに応じて)走りのモードを素早く簡単に替えるシステムの開発と操作練習や、各マニューバーでのロスを最小限にする練習を、来る日も来る日も繰り返したという。

その詳細は明らかにされていないが、その中ですでに明らかになっていることの一つは、タッキングジャイビング時のフォイルアーム(水中翼の支柱)のアップダウンに連動して、マストを回転させるシステムである。つまり、定常的なセーリング時に性能差がないのであれば、レースでは重要になる上記のような、定常性能以外の部分で相手と差を付けることに工夫を凝らしたのである。相手が見逃しているであろう小さな細部に目を付けて改善策を探し、練習する。

レースでは最初のシフトを取ることに留意した上で、それらの改善策によって得られる微小な差を積み上げながら、30分をかけて相手をジワジワと引き離して行く。今回のAC争奪戦で実際に起きていたレース展開と見事に合致する。これが第37回ACでの、王者の勝ち方であった。

 

挑戦艇のスキッパー右舷ヘルムスマンのベン・エインズリー(手前)と、左舷ヘルムスマンのディラン・フレッチャー(奥)。この英国チームは、AC争奪戦に負けた当日に、次回の第38回ACへの挑戦状を提出し、今回に続いて挑戦者代表(防衛者と防衛戦について協議できる権利を持つ)の座に就くことになった。今回はAC1年生だったフレッチャーだが、この経験を生かし次回は英国艇のセーリングチームを率いる存在になるのかもしれない

photo by Ricardo Pinto / America's Cup

 

トヨタ自動車の技術を使って、ゼロエミッションでレース艇と同じスピードで走るVIP用観戦艇に、ACスポンサー、ヤンマーのロゴマーク。日本企業の技術とスポンサーロゴを、今の時代でもACの場でかろうじて見ることができるのは、とてもうれしいことだと思う

photo by Ricardo Pinto / America's Cup

 

アメリカズカップは再びNZオークランドのロイヤル・ニュージーランド・ヨット・スコードロンのカップルームに戻ることになった。ETNZは防衛記録をさらに伸ばすことを目指す

photo by Ivo Rovira / America’s Cup

 

第37回ACリザルト

 

(文=西村一広)

※本記事は月刊『Kazi』2025年1月号に掲載されたものです。バックナンバーおよび電子版をぜひ

 

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西村一広
Kazu Nishimura

小笠原レース優勝。トランスパック外国艇部門優勝。シドニー~ホバート総合3位。ジャパンカップ優勝。マッチレース全日本優勝。J/24全日本マッチレース優勝。110ftトリマランによる太平洋横断スピード記録樹立。第28回、第30回アメリカズカップ挑戦キャンペーン。ポリネシア伝統型セーリングカヌー〈ホクレア〉によるインド洋横断など、多彩なセーリング歴を持つプロセーラー。コンパスコース代表取締役。一般社団法人うみすばる理事長。日本セーリング連盟アメリカズカップ委員会委員。マークセットボットジャパン代表。

 


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