スーパーコーチ、ハーミッシュ・ウィルコックスが分析する第37回アメリカズカップ。AC75の評価とは?(後編)/AC日記2025-3②

2025.04.16

ハーミッシュ・ウィルコックスによる第37回アメリカズカップの分析、後編。470級の神クルーであるウイルコックスは、ルナロッサ・プラダ・ピレリの気象解析担当としてアメリカズカップに参戦。その彼が見た、AC75の評価とは? プロセーラーの西村一広さんの解説とともにお送りする(編集部)

※本記事は前後編の後編となります。前編はこちら

 

◆メインカット

photo by Luna Rossa Prada Pirelli Team | Hamish Willcox/ハーミッシュ・ウィルコックス/オリンピックでもACでも、“スーパーコーチ”として今も大活躍。第36回ACではETNZ、第37回ACではルナロッサ・プラダ・ピレリに所属

 

ウィルコックスの解析

ハーミッシュ・ウィルコックスは2021年の第36回ACではETNZに所属し、2024年の第37回アメリカズカップ(以下、AC)では予選ファイナルでイネオス・ブリタニア(英)に敗退したルナロッサに所属していた。

まずウィルコックスは、2021年と2024年のETNZの防衛艇の違いについて語る。

「2021年の防衛艇は、スピード性能(そのもの)は圧倒的だったものの、Good Boatではなかった。それに比べて2024年の防衛艇は、レースに勝つために必要なスピード性能を持ちつつも、非常にBetterなBoatになっていた」

どうやらAC75クラスは、速いだけではウィルコックスにはGood Boatだと評価してもらえないらしい。一方、2024年ACの挑戦艇群については、スピード性能的にはイネオスとルナロッサがトップ2で、アメリカン・マジックは、コンディションによる得意不得意が極端なボートだったという。

また、7-4という3勝差のスコアでイネオスに敗れて挑戦者の座を逃したルナロッサについては「失った3レースとも、スタートに勝っていれば勝てたレースだった」とスターボードヘルムスマンに厳しい分析を示し、さらに「ルナロッサと防衛艇との性能差は2021年に比べて圧倒的に小さいものだった」と明かし、2024年ACではこのチームがカップ奪取可能だと分析していたことも示唆した。

 

ACマッチの進化論とは

ウィルコックスによれば、2021年のACではETNZの防衛艇は挑戦者よりもVMG(有効速度)で2ノットも速かったという。しかしそのスピード性能差をもってしてもETNZはルナロッサに3敗した。その事実が示すように、AC75クラスではVMGで2ノットも遅い艇であっても、スタートで前に出ることができれば、フィニッシュまでリードを維持できるということがすでに証明されているのだ、とウィルコックスは説く。つまり、VMG 2ノットもの優位を手にしていても、AC75クラスのマッチレースにおいては、それはシルバーバレット(=特効薬)にはならないのだと。

そして2024年のAC。そのACでも防衛艇がスピード性能で優ってはいたものの、そのVMGの差はもはや0.5ノット以下に過ぎず、それは、勝敗を左右する要因となるには甚だ微弱なものに過ぎなかったとウィルコックスは言う。だからつまり、2024年の第37回ACは、ボートのスピード性能そのものよりも、優れたレースをした者が勝利するレースになり、ほかよりも優れたレースをしたETNZが勝者となった、とウィルコックスは結論づけている。

話のさわりが終わり、本題に入りかけたところで、今月も紙幅が尽きた。ウィルコックスが指摘する優れたレースとは、具体的にどの部分だったのか?

ETNZのセーラーとコーチ陣、そして開発陣は、レースの細部の、AC75のセーリングの細部の、どこを掘り下げていったのか?

それらに関連して、AC75クラスにおけるGood Boatとはどんな艇なのか? こんなことに興味のある『Kazi』誌の読者がたくさんいるなら、どこか、文字数制限のないところに書く場所が欲しいな。

 

2024年大会
挑戦チームの採用艇解析

LUNA ROSSA PRADA PIRELLI TEAM
ルナロッサ・プラダ・ピレリ

挑戦者決定戦で英国に敗れた〈ルナロッサ〉。艇の性能はこれまでで最も優れていたとされるが、ウィルコックスによれば、それとは異なるファクターで敗退したという

 photo by Ricardo Pinto / America's Cup

 

NYYC AMERICAN MAGIC
アメリカン・マジック

挑戦艇の中では3番手だったアメリカン・マジック挑戦艇。しかしこのチームの敗因は、ポール・グッディソンの負傷欠場に尽きると言ってもいいのではないだろうか? 

photo by Ian Roman / America's Cup

 

◆私的なニュージーランド日記 

いくつかの仕事と個人的案件を携えて、2024年5月に続き、第37回AC終了直後の11月にもニュージーランドに行った。2週間ほど滞在して、1日だけロイヤル・ニュージーランド・ヨット・スコードロンに行き、クラブハウス2階のカップルームにバルセロナから戻ってきたばかりのACを手に乗せた。1987年にパースで初めてこのカップを見てから40年近い年月が過ぎた。いつかきっと日本のどこかのヨットクラブの次世代セーラーたちが、このカップを手にする日が来る! と念じた。

photo by Kazu Nishimura

 

(文=西村一広)

※本記事は月刊『Kazi』2025年3月号に掲載されたものです。バックナンバーおよび電子版をぜひ

 

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西村一広
Kazu Nishimura

小笠原レース優勝。トランスパック外国艇部門優勝。シドニー~ホバート総合3位。ジャパンカップ優勝。マッチレース全日本優勝。J/24全日本マッチレース優勝。110ftトリマランによる太平洋横断スピード記録樹立。第28回、第30回アメリカズカップ挑戦キャンペーン。ポリネシア伝統型セーリングカヌー〈ホクレア〉によるインド洋横断など、多彩なセーリング歴を持つプロセーラー。コンパスコース代表取締役。一般社団法人うみすばる理事長。日本セーリング連盟アメリカズカップ委員会委員。マークセットボットジャパン代表。

 


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