第37回アメリカズカップ、英国の挑戦チーム、イネオス・ブリタニア。ベン・エインズリーを解雇(前編)/AC日記2025-4①

2025.04.21

防衛チーム、エミレーツ・チームニュージーランドと挑戦者優勝のイネオス・ブリタニアとのマッチレースで競われた、第37回アメリカズカップ。勝者はエミレーツ・チームニュージーランドであったことは記憶に新しいが、なんとこれまで英国の挑戦シンジケートをけん引してきた、英雄ベン・エインズリー卿が、 イネオス・ブリタニアを解雇されたという・・・。この衝撃の報をプロセーラーの西村一広さんの解説とともにお送りする(編集部)

◆メインカット

photo by COR 36 | Studio Borlenghi | イネオス・ブリタニアチームの顔であると同時に、ベン・エインズリーはアテナ・レーシングというセーリングチームを牽引していた。その辺りに今回の放出劇の一因があるのだろう

 

エインズリー、解雇される!

昨年秋にバルセロナで開催された第37回アメリカズカップ(以下、AC)で挑戦者選抜戦であるルイ・ヴィトン カップに勝利して、英国チームとして60年ぶりにAC本戦に進出した英国のイネオス・ブリタニア。そのAC本戦では、AC史上最強のチームと言われるエミレーツ・チームニュージーランド(以下、ETNZ)に敗れはしたものの、その強豪王者から2勝をもぎ取る善戦を見せたことが記憶に新しい。  

イネオス・ブリタニアと、その所属クラブであるロイヤル・ヨット・スコードロン(以下、RYS)は、そのAC戦に敗退した当日に、次回第38回ACへの挑戦状を提出し、第38回ACの挑戦者代表(防衛者と共に次回AC戦の要目を決めていく権利を与えられる)として防衛者ETNZとその所属クラブ、ロイヤル・ニュージーランド・ヨット・スコードロンから指名された。

イネオス・ブリタニアを最高経営責任者、チームリーダー、スキッパーヘルムスマンとして率いてきたのは英国セーリング界の英雄、ベン・エインズリー卿である。そして石油化学の英国大企業イネオス・グループの会長であり最高経営責任者であるジム・ラトクリフ卿がその後ろ盾として、エインズリーの直近2度のAC挑戦資金を提供してきた。2人の関係はとても親密で安定的に見えたから、次回ACではこの強力コンビによってさらにチーム力を上げて、王者ETNZにとって一段と手強い挑戦者になって戻って来るはずだと、AC関係者やACファンの多くが信じ込んでいた。ぼくもその一人だった。だから1月23日にイネオスが企業本体の公式サイトで発表したエインズリー解雇の声明には、目を疑った。ジョークか何かを読み違えたのだと思った。しかし、読み返してもジョークではなかった。

 

謎深い新生イネオス・ブリタニア

そのイネオスの発表には、「イネオスは、ベン・エインズリー卿と袂(たもと)を分かち、イネオス・ブリタニアというチーム名で第38回ACに挑戦する(willが入った未来形の文章)(※)」とある。時制通りにそのまま解釈すれば、昨年のAC戦最終日に挑戦状を受理されたRYSの挑戦チームとしてではなく、英国のどこか別のヨットクラブに所属するイネオス・ブリタニアというチームとして挑戦する、ということになる。そして「すでに100人の科学者と技術者を擁する体制で第38回AC挑戦艇の開発を進めている」とも謳(うた)っている。防衛者と挑戦者代表で決めなければならない第38回AC用のAC75のクラスルールの変更点も決まっていなければ、開催地も決まっていない。

その状態で有意義な挑戦艇開発は進められるものなのだろうか? 謎だ。

(次回に続く)

 

※編集部注:4月12日、イネオス・ブリタニアは第38回ACに参加しないことを表明しました。こちらは5月2日(金)発売の『Kazi』6月号で紹介します。

 

ジム・ラトクリフ卿がACに参入して2隻目の挑戦艇となった第37回ACの〈ブリタニア〉

photo by C.Gregory / INEOS TEAM UK

 

2021年2月にNZで開催された、第36回ACで、ベン・エインズリー卿(前列中央)が率いるセーリングチームクルーとの集合写真に収まるジム・ラトクリフ卿(後列中央)

 photo by COR 36 | Studio Borlenghi

 

第36回AC挑戦艇の命名式に臨むラトクリフ父娘(左・中央)と、ベン・エインズリー

photo by Cameron Gregory

 

後編に続きます!

 

(文=西村一広)

※本記事は月刊『Kazi』2025年4月号に掲載されたものです。バックナンバーおよび電子版をぜひ

 

2025年Kazi 4月号の購入はコチラから 

 

西村一広
Kazu Nishimura

小笠原レース優勝。トランスパック外国艇部門優勝。シドニー~ホバート総合3位。ジャパンカップ優勝。マッチレース全日本優勝。J/24全日本マッチレース優勝。110ftトリマランによる太平洋横断スピード記録樹立。第28回、第30回アメリカズカップ挑戦キャンペーン。ポリネシア伝統型セーリングカヌー〈ホクレア〉によるインド洋横断など、多彩なセーリング歴を持つプロセーラー。コンパスコース代表取締役。一般社団法人うみすばる理事長。日本セーリング連盟アメリカズカップ委員会委員。マークセットボットジャパン代表。

 


bnr_phonak_part1.jpg

ヨットレース

ヨットレース の記事をもっと読む