第37回アメリカズカップ(以下、AC)で敗れた英国代表、イネオス・ブリタニア。そのチーム中核であり、こまでの英国のAC挑戦をけん引し続けた、英国の英雄ベン・エインズリー卿がチームを去った。170年におよぶ、ACを巡って繰り広げられた英国と米国の確執。その雪辱を晴らすのは、エインズリー卿ではなかったのか。プロセーラーの西村一広さんの解説とともにお送りする(編集部)
本記事は月刊『Kazi』2025年4月号に掲載された記事の後編です。前編はコチラ!
◆メインカット
photo by COR 36 | Studio Borlenghi | イネオス・ブリタニアチームを解雇されたベン・エインズリー
自己崩壊の行方
多くのファンや関係者が注目するはずの、エインズリーを解雇した理由については「契約上の合意に至ることができなかった」とあるだけだ。この原稿を書いている2月上旬時点でも理由はまだ不明のまま。これまで存在した第36回と第37回の英国AC挑戦チームであるイネオス・ブリタニアの公式サイトはいつの間にか閉鎖された。
エインズリーはこれまで、イネオス・ブリタニアのACセーリングチームメンバーをアテナ・レーシングという組織名で、そしてハンナ・ミルズを中心とするウイメンズACとSailGPの英国チームの選手たちをアテナ・パスウエイという組織名で、それら二つを束ねて率いてきた。そのアテナ・レーシングは、上記のイネオスの発表に反応して、公式サイトに声明を即日掲載し、イネオス側の声明の内容にエインズリーが「驚愕した」と表現した。そして、「彼らのこの計画は、今後数週間のうちに法的、かつ、現実的な障害に見舞われることになるだろう」と続けている。そして、今後ベン・エインズリーが率いる英国AC挑戦チームの名称は、アテナ・パスウエイを編入した「アテナ・レーシング」に統一されると追記した。
ここで以上をいったん整理してみる。
第38回ACの挑戦者代表は、英国のRYSとその所属チームのアテナ・レーシング。これとは別に新しく英国のAC挑戦チームが誕生し、その名をイネオス・ブリタニアという。(※)
一方には優れたセーラーたちがそろっているが、活動資金と開発チームが無い。
もう一方には活動資金と開発チームの力量はあふれんばかりだが、それに乗る優秀なセーリングチームが無く、挑戦母体となるヨットクラブもまだ手配できていない。
それにしても一体何が起きて、昨年のルイ・ヴィトン カップに圧勝した英国チームは自己崩壊してしまったのだろうか? エインズリーとラトクリフのどちらも「卿」の付く人物だからか、この両者の争いは、15世紀の英国で勃発した貴族同士による有名な戦争に準(なぞら)えて、現代AC界の「薔薇戦争」と呼ばれ、マスコミの格好のネタにされている。
※編集部注:4月12日、イネオス・ブリタニアは第38回ACに参加しないことを表明しました。こちらは5月2日(金)発売の『Kazi』6月号で紹介します。
ディラン・フレッチャーと共にSailGPの英国艇を率いるアテナ・レーシングのハンナ・ミルズ
photo by Patrick Hamilton for SailGP
データ収集中の旧イネオス・ブリタニアのLEQ12。エインズリーは、ラトクリフから挑戦資金を得ることで、それまで彼のチームを支えていた英国の技術パートナー、ランドローバーと惜別して、F1メルセデスと組まざるを得ない状況にも陥った
photo by Ian Roman / America's Cup
(文=西村一広)
※本記事は月刊『Kazi』2025年4月号に掲載されたものです。バックナンバーおよび電子版をぜひ
西村一広
Kazu Nishimura
小笠原レース優勝。トランスパック外国艇部門優勝。シドニー~ホバート総合3位。ジャパンカップ優勝。マッチレース全日本優勝。J/24全日本マッチレース優勝。110ftトリマランによる太平洋横断スピード記録樹立。第28回、第30回アメリカズカップ挑戦キャンペーン。ポリネシア伝統型セーリングカヌー〈ホクレア〉によるインド洋横断など、多彩なセーリング歴を持つプロセーラー。コンパスコース代表取締役。一般社団法人うみすばる理事長。日本セーリング連盟アメリカズカップ委員会委員。マークセットボットジャパン代表。