カイ&エリこと、山本 海さんと絵理さんは、シーマンシップ大会参加チームとともに米・メイン州の無人島、グリーンアイランドへ上陸し、生活を開始する。大型ボート=バントリーベイギグでのトレーニングの日々。彼らの拠点はNARODNIE HOUSE(ナロドニーハウス)。ウクライナ語で「国際的な」を意味するものだった。(編集部)
◆タイトル写真
photo by Kai Yamamoto | 大型ボート=バントリーベイギグの舵はティラーではなく、ラダーを直角に板を取り付け、左右にロープを取り付ける。そのロープをどちらかに引くことで、ラダーを動かすシステム。ティラーのほうが簡単で分かりやすいと思ったが、前を向いて操船できること、そして何より安全であることを僕らは後日知ることになる
●対岸のビーチ、ベースに上陸
練習もかねてグリーンズアイランドの入り江の対岸へ。ここが拠点となるのだ
キャンプ地の入り江に到着。すっかり日も落ちてしまった
僕が住んでいたテント。良い眺めだったが、デッキのすぐそばまで海 面が上がってくるので最初はドキッとした
“I can’t change the direction of the wind,but I can adjust my sails to always reach my destination”
「風向きは変えられないが、セールを調整し、いつでも船を目的地に向かわせることができる」この言葉を掲げ、若者にシーマンシップを伝える団体「アトランティック・チャレンジ」。
2年に一度、各国のチームが集まりシーマンシップを競う大会が開かれるという。日本にも学びの場所と、世界につながるチームを作りたい。 カイ&エリこと、スピリット・オブ・セイラーズの山本 海と絵理が、日本人として初めて参加してきた。
バントリーベイギグとの対峙
それぞれのチームに、これから長い時間を共にする船が紹介された。僕らがトレーニングと大会を共にするのはバントリーベイギグ(Bantry Bay Gig)の〈ロイヤリティー〉だ。
全長38フィート、全幅2m、細長い船体は美しいシアーラインを持っていた。船を動かすための基本動作である漕ぎ方、号令、各部の名前などを確認。僕らのチームが最初に行ったのは、船のビルジ汲み。木造の船は常に水が入ってくる。乗る前には必ずビルジを汲み出す必要があるのだ。ここから僕らのキャンプ地まで2マイル。漕ぎ方の練習をしながら〈ロイヤリティー〉で向かうことになった。
最初のコクスンと呼ばれる艇長、舵取りは僕に任されることになった。初めて体験する舵のシステムに少し苦戦しながら操船する。船は細長いシェイプをしているためすぐにスピードがつく。そしてラダーは小さいので舵効きは悪い。そこらじゅうに見えるロブスターポットと呼ばれる漁具や、たくさんの漁船を縫うようにして走る。島々に囲まれ穏やかで海藻が生い茂る海は、日本の瀬戸内海を思わせる。霧が深く、干満の差もあり、浅瀬が多いがシーマンシップを学ぶトレーニングには良い場所だと思えた。
しばらくすると鏡のような海面を湛えたビーチが見えてきた。僕らがこれから過ごすキャンプ地だ。
グリーンズアイランドには水道や電気はなく、島の反対側の湧水を利用。みんなが食事で集まるベースに到着した。僕たちはその家をナロドニーハウス(Narodnie house/国際的な家)と名付けた。ナロドニーハウスには、雨水のシステムと太陽光を使ったバッテリーシステムが備わっている。太陽光システムはヨットのシステムそのままで、これは日本の家にも欲しいと思えた。といってもエアコンなどはなく、(晴れていれば)充電して少しの灯りと携帯の充電が不自由なくできるくらいのシステムだ。
ギグをビーチング(砂浜に上げること)させ、砂浜にアンカーを打つ。何げないけど、日本ではほとんど見られない光景に一人ウキウキする。全員で協力して膝まで濡れながら大量の食料や荷物を船から降ろして、生活の中心となるサマーハウスの周りの好きな場所にテントを張る。どこの国でも船乗りがまずやることは、自分の寝床作り。船乗りにとって寝床は大切。どんな船に乗っても、まずはベッドメイクから始めるのが船乗りの流儀だ。
シーマンシップで大切な第一歩
その日はお互いの自己紹介、島のルール、暮らし方、食事や水について、微生物で分解するコンポストトイレの使い方など基本的なことについての説明を受けて、夕食を食べて明日からのトレーニングに備えてテントに潜り込んだ。遠くに聞こえる波の音を聞きながらこのプログラムが始まって今日1日、感じたことを思い返していた。
それは基本的に「教える」ではなく「伝えて、共有し、信じる」ということ。基本的なルールはもちろん、船の扱いや危険なこと、僕らとインストラクターはそれらを共有し、共に船を操船したり、島での暮らしを同じ条件で過ごしている。決して「教えられている」という感覚ではなく、どうすれば自分たちはこの島で快適にトレーニングを行えるかをお互いに考えることで、船も島も「自分ごと」になることに感心した。シーマンシップで大切な第一歩は「船を自分ごとにする」ことだと思っている。日本でもこんなシーマンシップを学べる場所を作ろうと思いながら眠りについた。
次回からは本格的に始まるトレーニングと、島でのチームの成長をお伝えします。
●NARODNIE HOUSEに集まる
ベースとなる家、ナロドニーハウスにはキッチンや暖炉、雨水を使った洗面所がある
このみんなが集まる家に名前をつけようということになり、ウクライナ語で「国際的な」を意味するNarodnieが当てはめられ「Narodnie house」と呼ぶことにした
大きなウッドデッキにテーブルがありミーティングや食事、嵐の時に避難したりと、ここが島での生活の中心地となった
島の生活では共同生活のために必要な情報や海や船についての座学も定期的に行われる
太陽光を使ったバッテリーシステムによって夜点灯する電球。灯りがない島では十分明るく、ホッとする
グリーンズアイランドの夕焼け。ここには電気や水道の設備はないが、湧水やテントサイトなどは整備されていて、夏の間だけ過ごしに来るサマーハウスも何軒か立っている。さあ、無人島での生活が始まった・・・
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和船帽子の陽気なダグラスさんとの出会い/カイ&エリが挑戦・シーマンシップ大会1-1
(文・写真=山本 海/スピリット・オブ・セイラーズ 写真=山本絵理/スピリット・オブ・セイラーズ)
※本記事は月刊『Kazi』2025年3月号に掲載されたものを再編纂しています。バックナンバーおよび電子版をぜひ
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山本 海
Kai Yamamoto
セイルトレーニング帆船〈海星〉勤務後、国内外の数々の帆船で活躍。2015年スピリット・オブ・セイラーズを設立。ISPA公認スクールを開講(沖縄、三重など)。「DIY無人島航海計画」を主催。マリンジャーナリストとしても、活躍中。現在、マリーナ河芸やシーガルヨットクラブを拠点に活動中。 https://spiritofsailors.com