江の島の青木 守さん(Weta marine Japan代表)から連絡が入る。KANAI SEKKEIの金井紀彦さんが、また面白いヨットを造ったよ、と。
どうやら今度は2本マストの木造カタマランディンギーらしい。いったいどんなフネなんだろう? ということで、江の島にやってきました!
カンタン艤装をチェック
ハルを降ろす。1人でもできるが、そりゃ2人いたほうが楽です
ハルをクロスボーン(イヤコ、ヤクとも)でつなぐ。部材は航空機にも使われる素管
トランポリンにセールを張る。ハードトップにするか思案中とのこと
ラダーはこの小ささ!
ウエーブピアサー!
セールをアップして艤装完成。マストとセールはウインドサーフィン用をそのまま使用。テストドライバーの青木 守さん(左)と、設計&建造の金井紀彦さん(右)
ツインカヤックセーラー諸元
●全長:6.0m
●全幅:2.1m
●片ハル重量:15kg
●総重量:50kg
●セール面積:6.5㎡×2枚
桟橋で最終チェック。ラダーのガジョンピン、サイドステイの増設など変更の余地あり。まだ完成形ではないのだ
最初、2艇のヨットが並んでいるのかと思った。よく見れば、それは2本マストのカタマラン。しかし、レーザー級のようなキャットリグが並んでいるわけではなく、その片舷はものすごく細い。片舷の幅は40cm、全長は6m。このなんとも不思議な木造カタマランディンギーを造ったのは、KANAI SEKKEI(金井設計)代表の金井紀彦さん(84歳)だ。
「ディンギーというか、ハルはカヤックに近いですね。カヤックを2艇くっつけて、それぞれにマストを立てた。なのでモデル名は、“ツインカヤックセーラー”です。最初は全長5mのつもりが完成したら6mになってました。図面?今回そのへんは“海勘(うみかん)”でつくりました。これまでたくさん造ってきたから、だいたい分かるので」
KANAI SEKKEIは、アメリカ東海岸のCLC(チェサピーク・ライト・クラフト)製カヤックキットの総代理店でもあり、金井さんは50歳から30年以上、300艇近いカヤックやヨット、ボートを造り続けている。ところで、造船は「海勘で」っておっしゃいました? まさか聞き間違い? C.E.(Center of Effort:効果中心)やC.L.R.(Center of Lateral Resistance:抵抗中心)とかは・・・。
「ちゃんと計算したほうがいいんだろうけどね。そこは長年の経験で(笑)。進水テストもしてません。マストを立ててセールアップして、はじめて浮かべました。前後のバランスもばっちり、ちゃんと浮いたでしょう? ラダーも海勘で大きさを決めたけど、効いたかな?」
「ちゃんと効いたし、ちょうどいい感じのウエザーヘルムがあったよ(笑)」と、今回テストドライバーを務めた青木 守さん(Weta marine Japan代表)。
「片舷も浮いて、いい感じに走ってたね」(金井さん)
「え? 浮いてた? 軽いヒールは感じたけど、フライしてるとは思わなかったな。あまり攻めるのもあれだと思って、抑えめにしたんだけど。だとすると、片舷だけで走っていたとは思えないほど、十分な浮力を感じましたよ」(青木さん)
「4人くらいは乗れるはずだから。ハイクアウトしたらもっと走るね。総重量は50kg。トランポリンはハードデッキにしようと思うんだけど」(金井さん)
「ハードデッキは滑るよ~。そうするなら段々にステップを付けてほしい。でもトランポリンのほうが腰が沈んで楽に乗れたけどなあ。あと、ブームはいらないけど、ウイッシュボーンはほしい。セールがツイストし過ぎた」(青木さん)
「サイドステイを付ければ、サイドベンドが減ってツイストも減るね。2本のマストにバッテンに斜交(はすかい)を付けようかなとも思ってる。でも、最終的にはダガーフォイルを付けてフォイリング艇にしたいから、重くしたくないんだよね」(金井さん)
造り手と乗り手の阿吽の呼吸。取材日は2度目のテストセーリングだったが、2人のアイデアはどんどんふくらみ、完成と思われたツインカヤックセーラーは、まだまだ進化を遂げそうであった。
風速4~6m/sの風域で快走するツインカヤックセーラー。風上舷を見事に浮かせ、タイトリーチングを走る。遠目に見ると、2艇のディンギーがリーバウでオーバーラップしているように見える。やっぱり不思議なヨットだ
2本マストカタマランのジャイビングを見る
ブームのない2枚帆のディンギーでのジャイビングを連続写真で見てみよう。
ベアアウェイ開始。各メインシートは基本固定
風上側のセールから裏風が入ってくるのが分かる
枚のセールが見事に返り、ジャイビング成功!
まさに不思議なセーリング、メインセールの観音開き!
それぞれのメインセールを外側に展開し、ランニングを走ってみる。「観音開きは意外と安定していて難しいことはありませんでした」とテストドライバーの青木さん
江の島沖を走るツインカヤックセーラーは、風速4~6m/sの風域で10kt以上の艇速を見せた。そしてすれ違うディンギーやクルーザーのセーラーたちは、もれなくびっくりして二度見した。なんか、不思議なヨットが走ってる! と。テストドライバーを務めた青木さんは終始笑顔。
「速いよ、このフネ。加速がすごい。抵抗が少ないんだろうね。メインシートのターンブロックが当たって、舵の舵角があまり取れなかったんだけど(これは今後調整するとして)、そのせいでベアアウェイしても大きな旋回になるからそこでよけいにスピードが上がった。逆に気持ちよかったよ」(青木さん)
2艇並んだヨットのように見えるが、それは実際その通りで、リーバウの位置でオーバーラップした2艇を固定したような状態になるわけで、そこにはサーキュレーションやアップウオッシュが生まれ、相乗効果で速くなりそうだ。
「まさにそう。スロット効果もあるね。風上と風下のセールの引き込み角度を変えて走ってほしいんだよね」(金井さん)
「いやー、それはそう思うけど、今日はちょっと余裕がなくて同じトリムにした。だから風上のセールから崩れたね。ダウンウインドは観音開きのランニングが一番安定した。あれは楽だし、ものすごく速かった。バウはウエーブピアサーだから、多少波をしゃくっても突っ込むことはなかった。安心して走れました」(青木さん)
セーリングインプレッションはかなり良好。艤装の取り回しもさらによくなりそうだ。
セーリング中の青木さんはとにかくずっと笑顔だった。「スロットル効果もあるのかな、アビームはものすごい速いですね。片舷浮いてた? 気付かなかった(笑)。ならば、片舷だけでも十分な浮力がありました」(青木さん)
ハイクアウトはせず、トランポリンの上でセーリング。フットベルトを付ければ、力強く走れるだろう
フォアステイのみなので、アップウインドでは、マストはかなりサイドベンドした。「サイドステイは付けようと思っています。両マストに斜交いを付けるのもありですね」(金井さん)
2度目のテストセーリングを終えて桟橋で意見交換。「ブームはいらないけど、ウイッシュボーンがあればツイストが抑えられると思う」(青木さん)。「ダガーフォイルも付けたいんだよね」(金井さん)
すっかり解装し、車に積んだところ。片舷15kgの軽量ハルは、カートップも一人で楽々。総重量は50kgと超軽量なのだ
先にも書いたが、金井さんは仕事か趣味かその境目が分からないカヤックやヨット、ボートを造り続けるビルダーであり、これまでに建造したフネは300艇近い。江の島界隈でそれはとても有名で、いつも人の目を引く不思議なフネを浮かべては周囲を驚かせ、楽しませてくれている。
「今回のカタマランの製作日数ですか?3年くらいですね」(金井さん)
え!? 意外と時間がかかっているのですね・・・。
「3年って言ったってさ、こればっかり造ってたわけじゃないじゃん。横山一郎さんのヨットも造ったし、14ftのスキフも造ってたし、トライマランのモーターボートも造ったよね」(青木さん)
ちなみに、青木さんはこれらそれぞれの建造をいつも手伝っている。だから、金井さんの仕事状況にやけに詳しい。
「そうだね、そう言われれば。片舷造るのに3カ月くらいだったかな。それをずいぶん放置してもう片舷造ったら、最初に造ったほうは紫外線に焼けてしらっけちゃった(笑)。塗装はウレタンクリアを塗ったんだけどさすがに経年劣化した。だから、左右の舷に色むらがあるとこは撮影しないでください(笑)」(金井さん)
本来5~6回は塗装するトップコートも、軽量化を考え3回塗りとした(だから紫外線に焼けた?)。目指す先はフォイリングである。金井さんは一にも二にも軽量化について触れた。ダガーフォイルは、故堀内浩太郎さんと共同で開発した2馬力船外機によるフォイリングボート用に造ったものを流用する予定。カーボン製である。同時に、艤装と取り回しが簡単である、という点もこだわっている。誰でも乗れる。誰でも飛べる。そして、乗ったみんなが笑顔になる。
いつも笑顔の金井さんには、いっつもいっつも驚かされる。今回のカタマランの話を聞いて、さらに驚かされた。そう、これらの驚きの先には、笑顔の未来が詰め込まれているのだ。
金井さんの造船工房Wooden Boatにお邪魔します
七里ガ浜にある金井さんの造船工房を訪ねました。
こちらが造船工房の入口。大型船の丸窓がおしゃれ
ガレージに置かれたツインカヤックセーラーの両ハル(中央)と、14ftスキフ〈アルファ〉(右)。次回は〈アルファ〉のセーリングを取材します!
工房の中には、レーシングカヤックがぎっしり。ほか、2馬力ボートで使用したダガーフォイルやマスト、クロスボーンの部材などが所狭しとならぶ。わくわくがつまった、まさに男の隠れ家だ
故 堀内浩太郎さんが設計し、金井さんが建造したレース用トライマランカヤック。ドライバーはもちろん金井さん。多くのレースに参加した名艇だ。来年のマスターズへの参加も検討中
なんと小さなラダー! 高速艇なのでこの面積で十分だという
KANAI SEKKEI(金井設計)の看板。CLC(チェサピーク・ライト・クラフト)製をはじめ、カヤックキットに興味がある方はぜひ
(文・写真=Kazi編集部/中村剛司)
※本記事は月刊『Kazi』2022年6月号に掲載されたものを再編集したものです。バックナンバーおよび電子版をぜひ
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金井紀彦 Norihiko Kanai
KANAI SEKKEI(金井設計)代表。CLC(チェサピーク・ライト・クラフト)製カヤックの日本代理店。ボートデザイナーの雄、故 堀内浩太郎さんとともに、数多くの名艇を建造。現在も意欲的にセーリングボートやパワーボートを製作。近年はフォイリングボートに傾倒する。
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