後藤浩紀が見たSailGPバミューダ遠征記

2022.07.11

J SPORTSのSailGPオンデマンド配信、日本語解説を担当するフォイリングセーラーの後藤浩紀さんが、SailGP日本チームの臨時コーチに就任。シーズン3の開幕戦、バミューダ大会に帯同し、練習に参加した。現地で目の当たりにした実状とは・・・。バミューダから熱きレポートが届いた。(編集部)

(タイトル写真|photo by Hiroki Goto|シャーベットブルーに輝くバミューダの海。美しい海でのセーリングは、それだけで選手たちのモチベーションが上がる) 

 


2015年のソフトバンク・チーム・ジャパン結成までセーリング未経験だった笠谷勇希(右)だが、いまや頼れるチームの柱だ 

photo by Beau Outteridge for SailGP

 

日本チームの練習を動画に収めミーティング時に使用した

photo by Hiroki Goto

 

 

頼もしい新戦力

4月初旬、日本チームは開幕3戦の不参加決定を受け、緊急オンラインミーティングを開いた。苦しい状況ながらも海上でのパフォーマンスを落とさないようにベストを尽くそうという、ネイサン・アウタリッジCEOの方針に全員が同意した。レースには出られないが、バミューダで1週間の練習期間が与えられたので、新戦力となるグラインダーの西尾勇輝、また女性メンバーの山崎アンナ、加えて筆者が臨時コーチとして招集されることになった(昨季までのコーチはカナダに引き抜かれてしまったのだ)。 

2シーズン連続で開幕の地に選ばれたバミューダについては、第35回アメリカズカップの舞台になったこともあり、月刊『Kazi』「舵オンライン」読者には説明の必要もないだろう。会場には各チームの巨大なテントが建ち並び、選手もスタッフも開幕前の興奮に満ちていた。悲しいかな日本チームは艇体だけでなくチームテントもカナダチームに奪われており、広大な敷地の端にポツンと置かれたコンテナ1本しか残されていなかった。これがプロの世界の厳しい現実だ。 

我々は毎日異なるチームの艇体を半日ずつ借りてトレーニングを重ねた。幸い連日10~20ktの絶好のコンディションに恵まれ、実り多い練習期間だったと言える。グラインダーの西尾はその恵まれた体格を活かし、即戦力を期待させる働きを見せた。また山崎も初日からステアリングを任されたり、分からないことを積極的に質問したりと、この貴重な機会を自分のものにしようと必死に食らいついていたのが印象的だった。 

 

 

新加入 選手紹介

Yuki Nishio /西尾勇輝

グラインダー。和歌山県出身、24歳。和歌山県立医大5年生。男子フィン級世界選手権代表も務めた 

photo by Beau Outteridge for SailGP

 

 

Anna Yamazaki /山崎アンナ

神奈川県出身、22歳。ナブテスコ所属。東京五輪女子49erFX級代表。ウイメンズ・パスウエイ・プログラム選手 

photo by Beau Outteridge for SailGP

 

 

ネイサンが軽い怪我をしてしまい、スペインの艇体にドライバーはピーター・バーリングという珍しい組み合わせで練習した。ワンデザインのSailGPならではの光景だ 

photo by Beau Outteridge for SailGP

 

 

もうひとつの難題

筆者も2019年のニューヨークGPぶりにF50に乗せてもらったのだが、感想は前回と同様。いや、むしろさらに畏怖が増したと言うべきか。今回は50ktも体験したし、ステアリングも何度か持たせてもらったが、どんな絶叫マシンよりも恐ろしい乗り物である。滝のようなスプラッシュ、強烈な遠心力、甲高いフォイルからのノイズ、とにかく何もかもが暴力的で容赦ない。あらためて選手たちを心から尊敬する。 

たとえるなら裸身に真剣で斬り合いをするくらいの緊張感だ。何か一つ間違っただけで簡単に肉が斬れ、骨は折れる。1艇で走るだけでもこんなにヒリヒリするのに、一斉スタートでレースをするなんて、きっと頭のネジが何本も抜け落ちてるのだろう。やはり筆者は実況席で解説するほうが向いているようだ。 

だがこれを乗りこなせる日本人セーラーが出てこなければ、このチームが存続する意味も価値もない。高橋レオや森嶋ティムが成長著しいとはいえ、まだまだ日本チームには人材が不足している。いよいよ来シーズンからは他チームと同じ80%の国籍条件で戦うことになり、このモンスターマシンを、ほぼ日本人だけで操る日が近づいてきた。いったい誰にクリス・ドレイパーの代わりが務まるだろうか? これはスポンサー探しと同じくらいの難題かもしれない。 

 

 

最高のコンディションに笑みがこぼれる。左から森嶋ティム、山崎アンナ、クリス・ドレイパー

photo by Hiroki Goto 

 

 

未来への投資

周りに目を転じれば、新たにリーグに加わるスイスやカナダは、セーリング熱のあるパトロンがポケットマネーを投じて、若手セーラーにこの世界の頂点へ駆け上がるチャンスを与えている。いわばその国のセーリングの未来に対する投資だ。日本のセーリング界の未来も、SailGP日本チームの存続にかかっていると言っても過言ではない。 

SailGPは正真正銘のトップセーラーたちが集い、2019年のリーグ発足時とは比べ物にならないほどレベルが上がっている。イギリスにベン・エインズリーが加わり、アメリカにジミー・スピットヒルが加わり、さらにニュージーランドからピーター・バーリングが乗り込んできた。ディンギーセーリングの頂点がオリンピックの金メダルとするならば、その先は何を目指せばいいのか?その受け皿を一手に担うのがSailGPとなっている。 

実は滞在最終日に、光栄にもラッセル・クーツ卿と30分ほど話をさせてもらった。その中で印象的だったのが、彼も心から日本のセーリングの将来を憂いていたことだ。国内にセーリングのプロチームがあって、そのチームが活躍して高い報酬を貰い、若い世代の憧れになることが大事なのだと。確かにいま日本の若い世代にとって、オリンピックよりも高い目標はこのリーグをおいてほかにない。なんとかしてこのチームを存続させなければとの思いが強まった。 

 

 

この日は、フランスから艇体とドライバーを借りて練習。高橋レオがタッキング後に反対デッキへ駆け抜ける。簡単に見えるかもしれないが、慣れないと相当怖い

photo by Beau Outteridge for SailGP

 

 

笠谷(左)と山崎。元気な妹分が参加し、チームに活気がみなぎってきた

photo by Hiroki Goto

 

 

膨張するSailGP

今回のバミューダ遠征で最も感銘を受けたのは、このリーグの膨張スピードだ。セーラーだけでなく、デザイナー、ショアクルー、データアナリスト、ブロードキャスト、Inspireプログラム、SDGsプログラムなど、多種多様な分野のスペシャリストたちを飲み込んで、巨大商業イベントへと変貌を遂げている。4年に1度のACとは似て非なるものだ。なにせ年間10戦以上もこのサーカスが世界を転戦しているのだから、必要な労力とコストの規模を想像するだけで目まいがする。これまでオリンピックや世界選手権、ACなど多くのヨットレースを現地で観戦してきたが、そのいずれもが規模の面でも質の面でもSailGPには遠く及ばない。 

これだけ優れた人材が集まれば、自然と「集合知」が形成されていくだろう。加えてSailGPには蓄積された膨大なデータがある。毎秒3万ポイントものデータが集められ、どのチームも自艇だけでなく全艇のパフォーマンスを解析できるのだ。オーストラリアの速さの秘密や、タッキングジャイビングの精度の高さも隠し事はできない。セーラーはどんどん新たなテクニックを生み出していくだろう。またショアクルーたちも画期的なフォイルメンテナンスの方法や、ウイングチェンジの手順など、ますます洗練されていくに違いない。 

 

 

怪我の癒えたネイサンがニュージーランドの艇体をドライブする。この日はなんと52ktの最高速を記録した

photo by Beau Outteridge for SailGP

 

 

日本チームのネイサン・アウタリッジCEO。世界中のセーラーから尊敬を集める天才セーラーの一人。私生活では心優しい二児の父だ

photo by Beau Outteridge for SailGP 

 

 

フライトコントローラーとして覚醒した高橋レオ(左端)。アグレッシブな攻めのハイトトリムで日本チームに貢献

photo by Beau Outteridge for SailGP

 

 

大きな宿題

そんなプロ集団の中で過ごす濃密な時間は人を成長させる。昨シーズン後半に高橋レオはフライトコントローラーとして目覚ましい成長を見せたが、本人いわく49er級のスキルも劇的に上がったという。なぜか?セーリング上達のためのプロセスの効率が良くなるからだ。ただ闇雲に練習するのではなく、データを活用した研究と反復により、短期間で最大の成果を上げられるようになった。また知名度が上がり、人脈も広がったことで、これまで諦めていたことも可能になったという。 

やはりこのコミュニティーの中に居続けなければならない。セーリング界の新しいトレンドや情報はここが発信源になる。おそらくパリ五輪のメダリストも大半がこの中から生まれるだろう。ただ自分の艇種を練習しているだけでは、プロたちの「集合知」に勝てるはずがないのだから。ますます世界との差が広がってしまう。 

ありがたいことに国内のSailGPの視聴者は他国の平均を大きく上回っている。しかし放送では現場の熱気やスケール感は伝えられない。ぜひ多くのセーラーにこの巨大なSailGPを見て、肌で感じて欲しい。日本チームが存続すること、そして日本GPを実現すること。これが我々セーリング界に課せられた大きな宿題である。 

 

 

F50を操船する上で最も重要なのがコミュニケーションだ。セーリング中もその前後も徹底して知見を共有する。世界を目指す若いセーラーには、英語力もしっかり鍛えてもらいたい

photo by Hiroki Goto

 

 

バミューダの練習に参加した日本チームのクルーたち。参戦できないこの時間に、どれだけのことができるか、が重要になってくる

photo by Beau Outteridge for SailGP 

 

SailGP日本チームを存続させなければ
日本のセーリング界は、
ますます世界との差が広がってしまう!

 

 (文・写真=後藤浩紀/SAILFAST)

月刊『Kazi』8月号に、関連記事あり。バックナンバーおよび電子版をぜひ 

 

SailGPレース結果速報/バミューダ&アメリカ

5月15~16日に開催された初戦バミューダ大会は、1位オーストラリア、2位イギリス、3位カナダが決勝に進み、オーストラリアが勝利。スペインチームから移籍したフィル・ロバートソン率いるカナダは、初参戦で決勝出場と幸先のよいスタート。続き、6月19~20日に開催されたアメリカ大会では、1位オーストラリア、2位カナダ、3位イギリスが決勝に進み、オーストラリアが連勝。2戦目の総合でオーストラリアが首位をキープした。 

J SPORTSオンデマンド配信の実況は北川義隆さん(左)、解説は後藤浩紀さんだ 

 

レース観戦方法 

SAILGP J-SPORTS(日本語解説あり)

https://www.jsports.co.jp/pickup/sailing/ 

https://jod.jsports.co.jp/pickup/sailing

 

その他

SailGP アプリ: https://sailgp.com/about/sailgpapp/

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SEASON 3 CALENDAR(レース日程)

1    BERMUDA SGP    15-16May 2022

2    UNITED STATES SGP    19-20 Jun 2022

3    GREAT BRITAIN SGP    30-31 July 2022

4    DENMARK SGP    19-20 Aug 2022

5    FRANCE SGP    10-11 Sep 2022

6    SPAIN SGP    24-25 Sep 2022

7    DUBAI SGP    12-13 Nov 2022

8    SINGAPORE SGP    14-15 Jan 2023

9    AUSTRALIA SGP    18-19 Feb 2023

10    NEW ZEALAND    SGP 18-19 Mar 2023

11    UNITED STATES    SGP 6-7 May 2023

 

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Hiroki Goto

アテネ・オリンピックほかでは470級で、リオ・オリンピックではナクラ17級でキャンペーンを展開。モス級日本スピード記録(32.6kt)も持つ。SAILFAST代表。SailGP日本チーム臨時コーチ 

photo by Hiroki Goto

 


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