初めてアメリカズカップを現場で観みて以来約30年、その間、ニッポンチャレンジのセーリングチームに選抜されるなどしながら、日本のアメリカズカップ挑戦の意義を考察し続けるプロセーラー西村一広氏による、アメリカズカップ考を不定期連載で掲載する。新時代のアメリカズカップ情報を、できるだけ正確に、技術的側面も踏まえて、分かりやすく解説していただく。本稿は月刊『Kazi』6月号に掲載された内容を再集録するものだ。(編集部)
※メインカット写真|photo by Emirates Team New Zealand | 今年9月に第37回ACのプレイベントとしてAC40クラスによる最初の世界選手権が開催されることになった、スペイン地中海沿岸の美しい港町、ビラノバ・イ・ラ・ジャルトル
4月13日に発表されたプレスリリースで、AC40クラスによる第37回アメリカズカップ(以下、AC)のプレ・レガッタ(37thACワールド)が、2023年9月14日から17日までの日程でスペインのビラノバ・イ・ラ・ジャルトルを舞台に開催されることが明らかにされた。このレガッタは、各チームが所有するAC40クラスを完全なワンデザインクラスモードにして戦うレースになる。
ビラノバ・イ・ラ・ジャルトルは、第37回ACが開催されるバルセロナから西へ50キロほど離れた人口6万人ほどの小さな町。街の前に広がる大きなヨットハーバーには、数多くのプレジャーボートがびっしりと並び、美しい景観の港町としても知られている。
新型コロナの影響もあって、次回ACの各チームはこの1年以上もの間、それぞれの本拠地にこもって次回ACに向けたAC75クラス艇の開発とクルートレーニングを粛々と続けているが、来年の予選シリーズ開始のちょうど1年前に当たるその時期に開催されることになったAC40によるこのレガッタは、それぞれのチームの選手たちにとっても、大きな刺激と目標になることだろう。
以下、各チームの最近の様子を、プレスリリースから見ていくことにしよう。
ETNZのセーリングチームは、それぞれがセーリングの世界でトップランカーのバーリング、アウタリッジ、アシュビー、テュークの4人がそろっていて、チーム内レーシングはそのまま世界選手権である
photo by Emirates Team New Zealand
前回AC防衛艇〈テ・レフタイ〉が、AC75の新しいクラスルールに合わせて改造された。リグにバックステイは無くなり、メインセールのコントロールのシステムも大幅に変更された様子。
コクピットは、タッキングとジャイビングでクルーが反対サイドに移ることはなくなり、左右舷固定の2ヘルムスマン(ピーター・バーリング、ネイサン・アウタリッジ)、2トリマー(グレン・アシュビー、ブレア・テューク)体制。その後ろにサイクラーが足漕ぎで動力を注入するポッドが左右それぞれ二つ、というレイアウト。
北半球の夏のバルセロナに活動拠点を移す前、そろそろ冬に向かい始めた南半球のオークランドで、防衛チームはトレーニングとテストを順調に進めているようである。
この英国チームには、生きた伝説のエインズリー、それに続くスコット、コーニッシュがいて、そこに若い才能フレッチャースコットが加わることになった。防衛者に劣らない陣容のセーリングチームだ
photo by Cameron Gregory
英国のイネオス・ブリタニアの最近のビッグニュースは、東京五輪でバーリングとテュークのNZチームを際どい差で破って金メダルに輝き、また、現在のモス・チャンピオンでもある英国人ディラン・フレッチャースコットがクルーテストに合格してチームに加わったこと。これでこのチームは、ベン・エインズリー、ジャイルズ・スコット、ベン・コーニッシュとともに四人の優秀なヘルムスマン/セール&フライトコントローラーがそろうことになった。
このチームは、LEQ12の〈T6〉で、W型のフォイルをテストしている。このチームは前回AC前にもこの形のフォイルをテストしていたが、結局レースで使うことはなかった。それを再びテストしているということは、このフォイルに名残惜しいような、何か大きなメリットがあるということなのだろう。
英国人グッディソンに豪州人スリングズビーが加わり、この米国組織のセーリングチームはトップを狙える場に立った。米国エスタブリッシュたちによる組織運営の巧拙が、このチームの行方を左右する
photo by NYYC American Magic
さまざまな政治的駆け引きがあったと思われるが、やっとポール・グッディソンとトム・スリングズビーが、この米国組織のセーリングチームの運営をできるようになった兆候がある。この二人のリーダーチームが今回のAC戦を率いられるようになったとすれば、この組織はかなり強力になるとわれ、今後この組織の動向からも目を離せなくなる。
現在は、彼らにとっての最初のAC40をテスト艇LEQ12として活用して、メインセール、ジブ、フォイルを忙しくテストしている。
遅れてきた挑戦者の一つではあるが、ホンダレッドブルが積み重ねてきたF1レーシングでの経験と技術をACの世界に持ち込んできた新時代の挑戦者でもある。ここも見どころはチーム運営者の力量だ
photo by Alex Carabi America's Cup
先月号でレポートした彼らのAC75〈B1(ボートゼロ)〉の改造は、かなり成功したようだ。テイクオフのタイミングは劇的に早くなり、フライトも安定していると報告されている。
次回ACへの参加表明は遅れたものの、次回開催地であるバルセロナで唯一活動しているため、他のチームに先駆けてバルセロナ沖海面特有のうねりと不規則な風の中でテストとトレーニングを繰り返していることは、今後の大きな強みになるかもしれない。プレスリリースには、次回大会のダークホースになるかも、と書かれている。
スピットヒルとブルーニのベテランコンビに、若いタレントたちがいかに絡み、そして彼らを凌いでチームの主力になっていけるか。それが、このチームの最重要課題。チームボスは夢を叶えられるだろうか?
photo by Ivo Rovira / America'sCup
ジミー・スピットヒルとフランチェスコ・ブルーニというベテラン勢と若い2人のヘルムスマン候補が、真剣勝負で戦いながらレギュラーポジションを争うプログラムが進められている様子である。彼らのLEQ12によるテストとトレーニングはかなり長期に渡っている。
新艇開発のためのデータ取りはほぼ終わったのか、最近のLEQ12の海上セーリングメニューは、いかに長時間安定してフォイリングさせるかや、スタート前の各種マニューバー(通常のシングルフォイルだけでなく、両舷のフォイルを降ろしてダブルフォイルなど)、そして上マーク回航の繰り返し練習などに切り替わっているという。
実態がなかなか明らかにならないこのフランスチームにあって、唯一のリアルな感触は、海の上で闘う若いフランス人セーラーたち。ドラピエール(左端)がSailGPで率いるチームのACでの活躍を見たい!
photo by Felix Diemer for SailGP
挑戦者
オリエントエクスレス・チーム
オリエント急行という名のフランスチーム。
今年年頭に第37回ACへの挑戦を表明したフランスのオリエントエクスプレス・チームの最新ニュースが、やっと出てきた。
それによると、バルセロナに置く彼らのチームベースの運営がスタートするのはこの7月。そのチームベースに彼らのAC40クラスが届くのが8月。
そこから1カ月弱セーリングチームがAC40でのトレーニングをして、9月のビラノバ・イ・ラ・ジャルトルでのプレACレガッタに参加する、という予定を組んでいるとのこと。
かなりタイトなスケジュールのキャンペーンだが、このチームはSailGPでフランス艇のスキッパーを務めるカンタン・ドラピエールが率いることになっている。AC40クラスに慣れさえすれば、プレACレガッタでも決して侮れないレベルの戦いを見せてくれるかも知れない。
(文=西村一広)
※本記事は月刊『Kazi』2023年6月号に掲載されたものです。バックナンバーおよび電子版をぜひ
西村一広
Kazu Nishimura
小笠原レース優勝。トランスパック外国艇部門優勝。シドニー~ホバート総合3位。ジャパンカップ優勝。マッチレース全日本優勝。J/24全日本マッチレース優勝。110ftトリマランによる太平洋横断スピード記録樹立。第28回、第30回アメリカズカップ挑戦キャンペーン。ポリネシア伝統型セーリングカヌー〈ホクレア〉によるインド洋横断など、多彩なセーリング歴を持つプロセーラー。コンパスコース代表取締役。一般社団法人うみすばる理事長。日本セーリング連盟アメリカズカップ委員会委員。マークセットボットジャパン代表。
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