初めてアメリカズカップを現場で観て以来約30年、その間、ニッポンチャレンジのセーリングチームに選抜されるなどしながら、日本のアメリカズカップ挑戦の意義を考察し続けるプロセーラー西村一広氏による、アメリカズカップ考を不定期連載で掲載する。新時代のアメリカズカップ情報を、できるだけ正確に、技術的側面も踏まえて、分かりやすく解説していただく。
本稿は月刊『Kazi』2月号に掲載された内容を再集録するものだ。(編集部)
※メインカット写真|photo by America's Cup | AC37 Event Limited | 予想通りに圧倒的な強さを見せつけたエミレーツ・チームニュージーランドのピーター・バーリング&ネイサン・アウタリッジのダブルヘルムスコンビ。この好調をあと10カ月維持することができるか
ワンデザインAC40によるプレレガッタも終わり、次は艇の性能が異なるAC本番でのレースになる。ETNZは2連続AC防衛に向けて、新AC75クラスの完成も近いという
AC40クラスによる2回目のプレ・アメリカズカップ(以下、AC)イベントがサウジアラビアの都市ジェダで開催され、フリートレースで行われた予選でも、マッチレースで行われた決勝でも、第37回AC防衛チームのエミレーツ・チームニュージーランドが圧倒的と言っていい強さを見せた。
そんな中、今回のレガッタにおける1番のトピックは、フリートレースでの予選2位になって決勝に進んだルナロッサ・プラダ・ピレリ(以下、LRPP)。
ヘルムスマンチームを、ジミー・スピットヒル&フランチェスコ・ブルーニの老練コンビに替えて、31歳のルジェロ・ティタと19歳のマルコ・グラドーニというフレッシュな若手スターを投入したのだ。
才能ある2人の若者たちは、チームの期待に応えて予選2位で決勝進出を果たし、初の大舞台でピカリと光る大活躍を見せた。
LRPPのセーリングチームは、老練コンビとヤングスターコンビの二つのヘルムスマンチームをそろえることで、9カ月後に迫ってきたAC予選に向けて、チームに厚みも増すことだろう。SailGPの米国チームが莫大な資産も持つ若手ビジネスマンのグループに買収され、そのチームのスキッパーの座を失ってチームを去ることになったスピットヒルも、ACに集中することになるのだろう。
イタリアの2人の新星たちが、ベテラン勢に代わってヘルムスマンを担当した最初のレガッタで見事結果を出した。ルナロッサ・プラダ・ピレリの今後の可能性に注目
photo by America's Cup / AC37 Event Limited
10歳で初めて出場したOP級世界選手権で優勝、そのまま3年連続優勝を果たす大記録を打ち立てたイタリアの天才10代マルコ・グラドーニ(左)と、OP級、29er級、49er級でヨーロッパを制し、2020東京五輪ではナクラ17級で金メダルのルジェーロ・ティータ(右)
photo by Luna Rossa Prada Pirelli
そのジェダでのレガッタでも、AC40クラスはフリートレースでもマッチレースでも、トラブルのほとんどない安定したセーリングと僅差のレース展開で、フォイリングモノハルのワンデザインクラスとして、エキサイティングな競技を提供する実力を改めてアピールすることになった。
そしてそのレガッタとほぼ時を同じくして、AC40クラスは、世界のセーリング競技を統括するワールドセーリングから、2023年の「ワールドセーリング・ボートオブザイヤー」に見事選出された。
2023年末、いよいよAC40クラスのクラス協会が発足した。
AC40クラスはまずは今年のウイメンズACとユースACという、第37回ACのプレイベントになるビッグレースに使われるが、それ以降も、個人オーナーチームとプロスポーツチームが同じ土俵で競い合う年次レガッタが計画されている。クラス協会の役割は、そのレガッタの企画や管理、オーナー同士の積極的なコミュニケーションの促進、AC40のクラスルールの監督と強化、などになる。
つまり、例えばSailGPが一国一チームのプロチームのみによるプロリーグであるのに対し、AC40クラスは、プロスポーツチームやACチームの中に、個人オーナーチームも参加する年間サーキットを開催することを目標としている。そのレガッタへの参戦を目論むアマチュアチームに対しては、クラス協会側がトレーニングプログラムを組んで、AC40クラスの運用とセーリング技量のスキルアップをサポートする体制を整えるという。
クラス協会の発足を伝える記者会見で、AC40クラスはこのクラスの2024年のガバナンスについての条項を以下のように発表した。
(1)2024年のレース実施最大風速は、18kt以下とする。
(2)フライトコントロールシステムに入力する数値は、各レガッタごとに調整し、フライト高度を制限し、最大の安全性を確保する。
(3)今年度は、年間50日未満しかAC40クラスをセーリングできないオーナードライバーは、第36回AC、第37回ACに参加したACセーラーを3人まで乗せることができる(つまり、本人以外全員でもOK)。
(4)2025年に、年間5戦のサーキットを開催する。各大会は、1日の練習日と3日のレース日で構成される。
(5)2026年には、年間6戦のサーキットを開催する。それに加えて、世界選手権かヨーロッパ選手権を開催する可能性がある。
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AC40クラス協会は、上記の2025年のサーキット戦開催地として、ヨーロッパ、米国、アジアの3地域の、10以上の都市が興味を示していて、スポンサーシップについての交渉が進んでいると話している。
若きレジェンドセーラーたちが乗るETNZに、イタリアのルーキー2人が初めて対決した決勝戦マッチレース。この秋のAC本番での再戦なるか
photo by America's Cup / AC37 Event Limited
(文=西村一広)
※本記事は月刊『Kazi』2024年2月号に掲載されたものです。バックナンバーおよび電子版をぜひ
西村一広
Kazu Nishimura
小笠原レース優勝。トランスパック外国艇部門優勝。シドニー~ホバート総合3位。ジャパンカップ優勝。マッチレース全日本優勝。J/24全日本マッチレース優勝。110ftトリマランによる太平洋横断スピード記録樹立。第28回、第30回アメリカズカップ挑戦キャンペーン。ポリネシア伝統型セーリングカヌー〈ホクレア〉によるインド洋横断など、多彩なセーリング歴を持つプロセーラー。コンパスコース代表取締役。一般社団法人うみすばる理事長。日本セーリング連盟アメリカズカップ委員会委員。マークセットボットジャパン代表。
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