18世紀、フランス海軍の軍艦に積まれていた大型ボート、バントリーベイギグ/カイ&エリが挑戦・シーマンシップ大会1-3

2025.07.03

米メイン州・ロックランドの造船学校でシーマンシップを学ぶカイ&エリこと、山本 海さんと絵理さん。ついに、今回のシーマンシップ大会に使用する 18世紀、フランス海軍の軍艦に積まれていた大型ボート、バントリーベイギグに対面する。歴史ある伝統船を前に、背筋が伸びる二人なのであった。(編集部)

 

◆タイトルカット
photo by Kai Yamamoto | ランス・リーさんはオリジナルの船から設計図を起こし、生徒たちとバントリーベイギグを建造。造船から操船まで若者が行うことで得られるシーマンシップを元にした冒険教育=アトランティック・チャレンジを始めたのだ

 

 

エンジン付きの30フィートカッターを発見。2本マストインボードエンジンを装備。ビルジポンプもしっかりした作りで備わっていて、オープンデッキでこれなら結構な距離を旅できそうだと思った

 

干満差が大きなアパレンティスショップ前の浜辺。修理中の木造のOP級だろうか。このディンギーも修理を終えて、また誰かの海に出るきっかけになるのだ

 

“I can’t change the direction of the wind,but I can adjust my sails to always reach my destination”

「風向きは変えられないが、セールを調整し、いつでも船を目的地に向かわせることができる」この言葉を掲げ、若者にシーマンシップを伝える団体「アトランティック・チャレンジ」。

2年に一度、各国のチームが集まりシーマンシップを競う大会が開かれるという。日本にも学びの場所と、世界につながるチームを作りたい。 カイ&エリこと、スピリット・オブ・セイラーズの山本 海と絵理が、日本人として初めて参加してきた。

 

バハミアンディンギーとの出合い

ショップの外には大型の桟橋が沖に向かってのび、その先にはたくさんのセールボートが浮かんでいた。遠くにはスクーナーが何隻か見える。理想的な環境の海にほれぼれしていると、一艇の美しいディンギーが滑るように桟橋に帰ってきた。

アパレンティスショップの生徒で、つい今日、この美しいディンギーを完成させた青年ウィルに出会う。バハミアンディンギーというタイプの船を一人で造り上げ、セールも自分で縫ったというこの若者は、照れながらも誇らしげに笑う。本当に美しい船だ。

聞けばこの船のオリジナルは、これから会うランス・リーさんが持っていた現物の艇から設計図を起こして造ったという。ここまで相当の苦労があったに違いないが、彼は楽しそうにいろいろと教えてくれた。いつでも乗っても良いといってくれるこの屈託のなさは彼自身の天性なのか、この環境によるものか。ダグラスさんを交え、4人で楽しく会話することができた。後日、このバハミアンディンギーに乗ることができるのだが、それはまた・・・別の話。

 

●Bahamian Dinghyとの出合い

金髪の青年、ウィルとともにやってきた美しいディンギーを見せてもらう

桟橋にやってきた美しきバハミアンディンギー。ランス・リーさんの愛弟子であるウィルが造り上げた木造ディンギー、〈ウィル〉。この日初めて進水し、テストセーリングに出たところ

 

ランス・リーさんが所有している船を計測して設計図を起こし、5年の歳月をかけて造り上げた

 

アパレンティスショップ、アトランティック・チャレンジの創設者、ランス・リーさん(中央)とカイ(左端)&エリ(右端)

 

大きな事をなす人は無私である

「ランスを紹介しよう」。アパレンティスショップを後にしてランスさんの家に向かう。ショップからそれほど離れていないランスさんの家からは港が見渡せ、先程沖を走っていたスクーナーが港に並ぶ。ランスさんの家は、実に壮観な景色を眺めることができる場所に立っていた。

彼は1972年にアパレンティスショップを開いた。さまざまな国の若者たちが互いに知り合い、伝統的なシーマンシップが守られるような機会を作りたいと、教育学者、クルト・ハーンに師事し1984年にアトランティック・チャレンジを創設。ランスさんは高齢で耳が遠くなっていて、英語が得意でない僕らはコミュニケーションが難しいかと思えたが、ダグラスさんが紹介をしてくれ、僕らがランスさんの活動に共感してアメリカに来たこと、初めて大会に出ること、これから日本チームを作りたいことなどを説明した。彼はゆっくり頷きながら「さあ、私にできることは何かな!」と暖かく大きな声と力強い手で抱きしめて僕らを迎えてくれた。

彼の海を愛する強烈な思いが胸に熱く伝わってくるような、そんなハグをもらえた。大きな事をなす人は無私であるというが、まさにそんな人物に出会うことができた。

温かい気持ちでランス氏の家を出るとそこには使わなくなったバントリーベイギグが置いてあった。初めて見る38ftのその船はその大きさ、スピードが出そうな美しいシェイプ、船が好きな人が放って置けない存在感を放っている。

これからこの船で2週間のトレーニングプログラム、そして大会が始まると思うとゾクゾクする。トレーニングが始まるのは後2日後、一体どんな旅が待っているのだろうかと期待が膨らむ旅のスタートとなった。

(次回に続く)

 


●Bantry Bay Gigを見る!

 バントリーベイギグとは、艇種名。18世紀、フランス海軍の軍艦に積まれていた大型ボート。アイルランドのバントリーベイで拿捕され、博物館に保管されていたところからこの名前がついた。ランス・リーさんの自宅に保管された1艇を見せてもらった!

これがバントリーベイギグだ!

 

現役を引退し傷んでいるが、整然と組み上げられたキールフレームには風格を感じる

 

まるでクラシックヨットのようにトランサムは小さく、浅く、絞られている

 

バントリーベイギグのオールブレード部は数種類の木をつないでいる

 

ギグのアフト部分。ここにビルジがたまるようにできている

 

マストステップと、マストパートナーを装備。リグは、メインマスト、フォアマスト、ミズンマストの3本マストだ

 

ミズンマストを立てるためのステップパートナー。手前のポストは、ブンケンと呼ばれるミズンブーム用のポスト

 

 

全長38フィート、全幅6.5フィートのバントリーベイギグ。細長く美しい船体をしている。一体どんな帆走をするのだろう。早く乗ってみたい気持ちが高鳴る


 

(文・写真=山本 海/スピリット・オブ・セイラーズ 写真=山本絵理/スピリット・オブ・セイラーズ)

※本記事は月刊『Kazi』2025年2月号に掲載されたものを再編纂しています。バックナンバーおよび電子版をぜひ

 

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山本 海
Kai Yamamoto 

セイルトレーニング帆船〈海星〉勤務後、国内外の数々の帆船で活躍。2015年スピリット・オブ・セイラーズを設立。ISPA公認スクールを開講(沖縄、三重など)。「DIY無人島航海計画」を主催。マリンジャーナリストとしても、活躍中。現在、マリーナ河芸やシーガルヨットクラブを拠点に活動中。 https://spiritofsailors.com

 


 

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