ドラゴン級の祭典、ヤンマードラゴンゴールドカップ|ヤンマーレーシングは惜しい総合3位

2023.10.27

100年近い歴史を持つドラゴン級は、さまざまなヨットのクラスの中でも唯一無二の存在といっていい。そのドラゴン級のレースシーンにおける年に一度のビッグイベント、「YANMAR Dragon Gold Cup 2023(ヤンマードラゴンゴールドカップ2023)」が、イギリスのトーキーで9月9日から15日に開催された。

ドラゴンゴールドカップは、1937年に英国のクライド・ヨットクラブ(Clyde Yacht Club)が、ヨットレースを通しての国同士の交流を目的として開催したのがルーツである。その後、ドラゴン級における主要な大会の一つとなり、今日まで歴史を重ねてきた。

 

 

そんな歴史あるイベントに、ヤンマーは2019年からタイトルスポンサーとしての協賛をスタート。昨年創業110周年を迎えた歴史を持ち、「ワクワクできる心豊かな体験に満ちた社会」の実現を掲げて、さまざまなスポーツ協賛を行う同社にとって、同じように長い歴史を持ち、世界中で年齢や言葉の壁を越えて多くのセーラーが活動しているドラゴン級をサポートするということには大きな意義がある。

 

今大会の主催(ホストクラブ)は、ロイヤルトーベイ・ヨットクラブ(Royal Torbay Yacht Club)。実に150年以上の歴史を持ち、"Royal"の名を冠する由緒正しいヨットクラブである。

 

一方、そんなドラゴン級のヨーロッパでのサーキットを舞台に、日本の「ヤンマーレーシング」が2018年から活動中。チームのメンバーは、かつてアメリカズカップに挑戦したニッポンチャレンジでもおなじみのピーター・ギルモア(写真中央)がスキッパーを務め、彼と長く活動を共にしてきた谷路泰博(写真右)がチームディレクターを兼任、そしてピーターの息子であるサム・ギルモア(写真左)の3人から成る。

 

コロナウイルス禍で、途中約2年間の実質的な活動休止を余儀なくされたものの、2022年はヨーロピアングランプリシリーズ(「インターナショナルドラゴンクラス」の年間レースの中で4回開催される"グランプリ"レースの成績によって争われる)で総合優勝を飾るなど大活躍。迎えた2023年は、GP第2戦(6月:イタリア・ガルダ湖)で2位、GP第3戦(8月:イギリス・カウズ/エディンバラカップ(イギリス・カウズ)を兼ねる大会)でも2位と、ドラゴン級での活動6年目にして充実の時を迎えつつある。

 

今回のヤンマードラゴンゴールドカップには、16カ国から49チームが参加。舞台となったトーキーは、イギリス南部の港町サザンプトンから、西へ300kmほど離れた場所にあり、イギリス海峡に面している。

 

このレースイベントは、そのフォーマットも非常に特徴的だ。6日間のレガッタ期間中、レースは1日1レースだけが実施される。基本的には上下のソーセージコースだが、1レグの距離が長く、3.5マイルほどになることもある。また、カットレースがないことも重要なポイントで、6レースの合計得点で勝敗が争われることになるため、1レースたりとも気の抜けない戦いが続くことになる。

 

本番前日(現地時間9月8日)におこなわれたプラクティスレースは非常に風が弱く、1時間でノーレースに。予報では、全般的に風の弱いコンディションでのシリーズとなることが予想された。

 

総合2位で終えたエディンバラカップの勢いそのままに、ヤンマードラゴンゴールドカップを迎えたヤンマーレーシング(船名:Y Red/写真中央)は、初日のレースを3位と上々の滑り出しを見せる。しかし、翌日は12位、3日目は13位と、なかなか煮え切らないレースが続く。

そして迎えた後半戦では、第4レースで2位、第5レースは1位と、ヤンマーが全面的にサポートする大会で、総合3位というさすがの成績を残してくれた(9月13日はノーレースとなったため、合計5レースを実施)。

 

総合優勝は、地元イギリスのローリー・スミス(船名:ALFIE/写真左から2人目)。ゴールドカップでは2度目の栄冠を手にした。

 

ローリー・スミスは、イギリスの元五輪セーラーであり、アメリカズカップ、そしてウィットブレット(世界一周ヨットレース:現ジ・オーシャン)と、あらゆるレースシーンで活躍してきたレジェンドセーラーだ。

 


【ヤンマーレーシング/谷路泰博氏に聞く】

9月下旬、イギリスでのレースを終えて日本に帰国した谷路泰博氏に、オンラインでのインタビューをする機会を得た。今年の大一番ともいえるヤンマードラゴンゴールドカップの戦いを、いま一度振り返っていただいた。

 

「今回は初めてレースをする場所だったこともあり、風や潮など自然条件についてリサーチするために、早めに現地に入りました。しかし、大会前日のプラクティスレースまでの期間中、風が全然なく、海に出ることができませんでした。結局、プラクティスレースの前日に船を下ろしたのですが、このプラクティスレースも1時間で風がなくなってしまい終了。レース前にセーリングできたのは、この1時間だけとなってしまいました」

潮や風など、実際にセーリングすることで確かめられる機会が極端に少なくなってしまったヤンマーレーシングにとって、とても厳しい状況である。

 

「初日から3~4日間は、予報を見る限り風の弱いコンディションとなりそうでした。レガッタ期間中に8枚のセールをレジストレーションできるのですが、ライトウインド寄りのセールを選択しました」

ヤンマーレーシングにとって、風の弱いコンディションというのは得意とするところなのか、あるいは苦手とするところなのか。そのあたりについて聞いてみた。

「以前から強風ではダントツに速いと自信がありましたが、最近はオールラウンドにどんな風域でも走れるようになりました。正味3年ちょっと活動してきて、例えばリグチューンなど、セーリング中のスイートポイントというのもわかるようになってきたことが大きいです。以前はライトウインドに怖さもありましたが、今は自信を持ってレースに臨むことができています」

 

レース初日(現地時間:9月10日)は、予想通りの微風コンディション。2時間の延期ののち、ようやくスタートが切られた。

ゼネラルリコールのあと、U旗、ブラックフラッグと揚がって、ようやくスタート。風速は6ノットから15ノットくらいまで。我々はダウンウインドで大きくゲインし、5位くらいの位置をキープしながらレースを続け、最終的には3位でフィニッシュすることができました」

上々の滑り出しかと思えるが、実は必ずしもそうではなかったという。

「事前にレース海面でほとんど走れませんでしたが、いろいろな情報は集められるだけ集めました。ところが実際にレースで走ってみると、潮流なんかの向きも全然違う。細かな潮の流れの変化や風のシフトなんかがあるわけですよ。自然条件に関しては、レースを重ねていく中で、だんだんと傾向がわかってきたという感じでした」

 

滑り出しはよかったものの、第2レースは12位、第3レースは13位。思わぬ苦戦が続く。

「2レース目と3レース目では、スタートでのミスが結果的に響いてしまいました。3レース目は、ヤンマーレーシングにしてはかなり珍しいリコール(OCS)です。ピンエンドを取り合っての、ほんの1秒の誤差でしたね。リコールを解消してレースに復帰したわけですが、スタートしたのは49番目という絶望的な状況でした。それでも風のシフト(250°→280°)の読みが当たって大きくゲインし、第1上マークは30位で回航。ダウンウインドのレグの風は8ノット程度、風向と波が反対からぶつかり合ってなかなか前に進めないコンディションでしたが、第1下マークでは20番手くらいまで盛り返すことができました。自分たちのボートスピードは速いと自信を持ち、集中して走ることができたので、結果的に36艇も抜くことができたんです」

 

4日目(現地時間:9月13日)は、風が上がらずにノーレース。迎えた5日目の第4レース(現地時間:9月14日)は、緊迫した中での後半戦スタートとなった。

「ゼネラルリコールもあり、周りもかなりピリピリしているような状況。我々はポートスタートとなりました。スタートは30位以下で、スターボード艇団の後ろを通っていくような展開になりましたが、逆に右と左の海面のどちらがいいかを冷静に見ることができ、結果的にこれが吉と出て、第1マークは6番手で回航しました。得意のダウンウインドではさらに順位を上げ、2~4位の集団の中でレースをするような状況に。このような状態になれば、対相手というレースになりますから、マッチレースで培ったテクニックが生きてきます。トップ艇とは離れていましたが、2位でフィニッシュすることができました」

 

最終日(9月15日)までの4レースを終えた時点で、ヤンマーレーシングの順位は6位。APが揚がるが、この日は午後2時30分以降のスタートはないため、非常にやきもきする時間が流れる。ゼネラルリコールが続き、30分という時間がかかったものの、なんとか最終レースが始まった。

「この日もライトウインド。スタートはピンエンドからでしたが、ドイツ艇との位置関係からポートタックに返さざるを得なくなりました。ただタッキングしたおかげで、右海面がよくないということがわかり、第1上マークは2位で回航することができました。ダウンウインドのレグで差を詰め、先行するドイツ艇をボトムマークで抜いてトップに。そのままフィニッシュすることができました」

 

「ただ、実はフィニッシュしたあとも気が気じゃなくて、コース短縮されて本当にフィニッシュできたのか、少し不安だったんですよ。VHFで間違いなく『course shortening...』と聞こえた確信はあったものの、フィニッシュラインを見て、無事にトップフィニッシュとなりホッとしました(笑)」

最終レースを終えたヤンマーレーシングは総合3位。2位のWolf Waschkuhn(スイス/船名:1quick1)とはわずか1ポイント差だっただけに非常に残念ではあるが、後半2レースを2位、1位と、本来の実力を発揮しただけに、次の大会での活躍が期待される。

最後に、アメリカズカップやマッチレースなど、トップセーラーとして長く活動してきた谷路氏に、ドラゴン級の魅力を伺った。

 

「ドラゴン級は長い歴史を持つクラスですが、現在もたくさんのセーラーが活動していて、非常に奥が深い。ワンデザインでのレースを究めると、ここに行き着くという感じでしょうか。また、今回のレースに参加していたセーラーの年齢層の中心は40代から70代といったところで、中には80代の現役セーラーもいます。まさに大人の世界といったところです」

「ボートとしてのスピードは決して速くはありませんが、その中でどうセーリングするかというのがポイント。風、潮といった自然条件を的確に見極めることはもちろんですが、その変化に応じて、ランナーだったり、バーバーホーラーだったり、細かくコントロールすることが非常に重要です。小さなことの積み重ねが、そのままスピードや結果に直結しますので、まあいいかでは勝てません。ただ、陸に上がってからのセーラー同士の交流の時間を皆が大切にしていて、そこではレースのこと、チューニングのこと、お互いに隠さず情報共有しようという空気がありますね。みんなで速くなろうというのが、ドラゴン級ならではだと思います」

 

「他の艇に比べると、ドラゴン級の操船は難しいと思う人は多いかもしれません。しかし、実はセーリングを理解するのに、これ以上の艇はないと思います。というのも、どこかをほんの少し調節するだけでも、ボートスピードにしろ、変化が如実に表れるんです。実際に乗ってみれば、それがよくわかると思います」

「今回の大会を見ても、ローリー・スミスのようなレジェンドセーラーもいれば、地元のセーラーがたくさん参加していたり、遠くからわざわざやって来る人もいる。これはドラゴン級のセーラーに共通することだと思いますが、ドラゴン級でレースをすること自体が幸せなんです。ある意味では、ドラゴン級というのはパッションそのものなんだといえるでしょう」

 

「ドラゴン級のセーラーは、アフターレースの時間も大切にしています。今回のレースでは、そういった部分も含めて、ヤンマーさんの大きなサポートがありました。団体やクラス協会ではなく、イベントそのものに協賛しているのは、セーラーたちが直接恩恵を受けられるようにということを重要視しているからこそだと思います」

ドラゴン級の祭典であるヤンマードラゴンゴールドカップでの戦いを終えたヤンマーレーシングは、次戦のGP第4戦(11月:ポルトガル・ヴィラモウラ)に臨む予定。さらに、このレースを終えた時点でのランキングの上位20艇が、そのまま翌日から行われるGPファイナルへと駒を進める。

2022年はグランプリシリーズを制したヤンマーレーシングだが、GPファイナルでは4位。今年こそGPファイナルにも勝利し、世界の頂点に立つシーンが見られることを大いに期待したい。

 

(文=舵社/安藤 健 写真=Sportography.tv)
photos by Sportography.tv

 

●YANMAR Dragon Gold Cup 2023
公式ページはコチラ

 


ヤンマーレーシングの最新情報を発信中!

●ヤンマーレーシングの詳細はコチラ
●ヤンマーレーシングのInstagramはコチラ
●ヤンマーのFacebookページはコチラ

 


あわせて読みたい!

ヤンマーレーシングが僅差の総合2位|ドラゴン級エディンバラカップ(英国)

●琵琶湖の湖畔に水辺の文化の発信基地が誕生|ヤンマーサンセットマリーナ

●木村啓嗣さん、二度目の挑戦へ。世界一周に向けて再スタートを切る

 


ヨットレース

ヨットレース の記事をもっと読む