【短期集中連載】悪魔の親指で過ごした1週間/北西航路を走破した43フィート木造ヨット〈インテグリティ〉の大航海(8)

2025.03.03

英国プリマスにある造船所で、自設計によるデッキ長43フィートの木造カッター〈インテグリティ〉を建造し、2012年に進水させたウィル・スターリング。北西航路走破を目指し北上する。ルネンバーグからグリーンランドへ向かった第1レグを終え、〈インテグリティ〉は北西航路を横断する第2レグへ針路をとった。そこは、悪魔の親指と呼ばれる奇妙な岩山であった・・・。(編集部)

 

◆メインカット

photo by Will Stirling | グリーンランド西部の入り江に〈インテグリティ〉を錨泊し、悪魔の親指(Devil’s Thumb)登攀に挑む

 

【短期集中連載】北西航路を走破した43フィート木造ヨット〈インテグリティ〉の大航海
①北西航路の歴史
②砕氷帆船の建造
③アイスランドでの5年間
④冒険の準備
⑤ルネンバーグからグリーンランドへ
⑥最初の夜間航海
⑦グリーンランドの野生動物たち

 

〈Integrity〉諸元 
デッキ長:43フィート
水線長:37フィート
喫水:7.6フィート
メインセール:675平方フィート

 

 

第2レグのおおまかな航程

 


Transit of the North West Passage(北西航路横断)

 

2nd Leg

第2レグ(2nd Leg)の段階で、氷の広がりや解氷の速度に関する私たちの懸念は深まっていき、その年は比較的厚い氷に覆われる年になるだろうという認識へと変わった。そのため、先行きはずいぶんと不透明なものになっていた。

我々は北極海に近づきつつ、メルビル湾(Melville Bay. 75°45’N / 61°00’W)で流氷が解けるのを待った。しばらくの間、悪天候が予想され、沖合も大量の氷で覆われていたため、私たちは「悪魔の親指(Devil’s Thumb)」と呼ばれる陸地の近くでほぼ1週間を過ごした。その間、クルーのひとり、ケヴィン・オリバーは「悪魔の親指」への登頂を含むいくつかの探索ツアーを率いてくれたが、登頂に関しては、ロッククライミング用の十分な装備がなかったため、断念せざるを得なかった。海水は冷たく、24時間太陽が照っているにもかかわらず、ある湾では早朝、一面が蓮葉氷(はすごおり)に覆われていた。

 

世界中のクライマーが目指す“悪魔の親指”。専門的なロッククライミング用具がないため、登攀はあきらめた

 

クルーのひとり、ケヴィン・オリバーが悪魔の親指の探検ツアーを組んだ。およそ1週間の滞在で周辺の自然を調査した

 

この時のクルーメンバーには、元軍人が何人も含まれていたが、ほかにひとり、ロジャーという名の実在しない架空クルーがいるという謎めいた話が始まっていた。何か指示が出された場合、それはロジャーに委任され、すぐに実行された。残りのクルーは、誰もロジャーを見たことも聞いたこともなく、食事や水を与えたこともなかった。

船上でのわれわれの快適さに欠かせないのは、サロンに設置された小さな薪ストーブだった。英国でいつも使用していたタイプの石炭が北米では手に入らなかったため、私たちは無煙炭をなんとか調達して、配送してもらい、さんざん苦労した末、船内に1/4トン分の無煙炭を積み込んだ。しかし実際に使ってみると、それはやっかいな代物であることが分かり、心配の種を増やすことになりそうだった。無煙炭は絶え間なく気を配って、適宜空気を吹き込んでやらないと、火が燃え移らないのだった。

それがいつものウェールズ産ではないことは分かっていたものの、燃えてくれることは間違いないだろうと思い込んでいた。これを解決したのが、クルーのオーウェン・ナイだった。石炭を袋ごと陸地に揚げて、そのまま袋の上から大型のハンマーで無煙炭を叩き砕いて小片としたのだ。砕く際に彼が土台に利用したのはフライパンだったが、根気のいる作業だったことは間違いない。

(次回へ続く)

 

サロンに設置した薪ストーブがキャビン生活を快適にしたが、無煙炭の扱いには苦労した

 

薪ストーブのサーモグラフィー画像。中央は202.2℃、キャビンは9.7℃

 

クルーのひとり、ケヴィン・オリバーが悪魔の親指の探検ツアーを組んだ。およそ1週間の滞在で周辺の自然を調査した

 

クラシカルなオイルスキンに身を包み、グリーンランド沿岸部を北上する

 

ウィル・スターリング氏のHP
Stirling and Son

 

(文・写真=ウィル・スターリング 翻訳=矢部洋一)
text & photos by Will Stirling, translation by Yoichi Yabe

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